3月1日(木)早や彌生なり。早春の夜の夢

 
 春の嵐一過の快晴!7℃〜20℃、24%。夜中にドバっと来たようだっ!西寄りの風強し。プールだん。

 4月下旬の気候でっせぇ。ほかほか陽気。極寒から少し暖かくなると暑く感じるし、酷暑から少し涼しくなると寒く感じる。同じ温度なのにね?これを体感のヒステリシス曲線と言ふ。



 慢性の大量飲酒、認知症のリスク大!

 てなニュースに接して、自戒するところ大なり!我が備忘録の10年に及ぶ推移をつぶさに眺むれば(何処の暇人だい?)、その意味するところは明らかなり!その劣化関数は単調減少の一途をたどっておりまふ。血液-脳関門は大きなタンパク質は通さねども、アルコールなどの微小分子は簡単に通してしまい、脳を幻影で劣化さしてしまうんすよ♪自由とは自業自得の自己責任?・・・果たして、精神は身体(ブッシツ?)に隷属するのか?そりが問題だっ!

 そもそも、そもそもは、そもそもなり!無限に無限な無限とは?単なる有限の延長としての無限とは、質的な類概念の相違があるんですぅ。論理的な思考の一次障壁もそこにあるのかも。無限概念と生活実感との差異とは。部分は全体に等しいし、掴んだと思てるものも実は掴めてないとか・・・。πやeもその実態を知らずと言へり。この世界のあらゆる計測値は、実数にして無限小数なり。誰もその実態は掴みえないが、涼しい顔をして暮らしているのは、飛んでいる矢は止まっていないから?でも、論理的には、時間も無いし矢は止まっていると!この生活実感と論理の狭間を埋め立てるものは何かっ!・・・そりはただ単に、生きてる実感!この身体性(embodiment)なんすよ。身体こそが浮遊せんとする理性(妄想?)を繋ぎとめる唯一の絆なんすね。アハハハハ

 そだ、タコ足氏が「上を向いて歩コール」ってな本を出したから、明日立ち読みしてこよう。こころとブッシツとの闘争!イロエロと参考になりそうな事柄が書いてありソーダっ!ども。




 二宮損得とは:追記

 尊徳先生には悪い駄洒落ですが、損得ばっかしで世を渡ってると、顔が卑しくなります。いわゆるニューヨークの金融筋や投機筋ですね。実体経済の何十倍もの金融資産をねつ造してウハウハとお金を動かしている様は、まさにヴェニスの商人そのものです。昔の風刺画に描かれていた、山高帽子をかぶっている悪辣な資本家そのものですぅ。日本でも最近こうゆう人士が増加中です。昔のホリエモン村上ファンド、ケケ中氏などは最たるもの。この頃から勝ち組とか負け組とかの文言が流行って、日本人の顔が卑しくなったとゆわれてまふ。

 すかす、損得に生きるのは自分の顔が卑しくなるだけで、社会にはさしたる悪影響を与えません(格差は拡大しますが)。一番社会に悪影響を与えるのは、実は正義の(と自分たちで思い込んでる)人なんすよ。意外なことですが、歴史や世界各地の紛争を冷静に見れば分かります。正義と正義、イデオロギーイデオロギーのぶつかり合いが、この世界にどれほどの惨禍をもたらしたかは、世界大戦や、その後の数々のローカルな紛争を思い起こせば足りるでしょう。双方とも、自分たちが正義なのだとの主張を譲りません。「ひょっとして自分たちにも瑕疵があるんでわないのんか?」つう考えが、ひとかけらでもおつむをよぎれば、どんだけ惨禍が減ったことでしょう。

 つうことで、自分たちは如何にくーだらなくって、詰まらん生き物なんだっちゅう教義をもった集団が増えれば、もう少し嫋やかに時が過ぎるのではあるまいか。タハッ