令和1年11月11日(月)時間が一気に短縮され、過去に飛ぶとは。

 概ね曇りときに晴れ。11℃~18℃、70%。

 今日も1のゾロ目できっと何かの記念日なんだろうけど、過去を振りさけ見れば大概の記念日は書いてしまったので、今日はパス。

 

 

 銀座方面に進出す:

 古い友人たちと久しぶりに会合す。遠く茨城や奈良方面からも参加した約1ダースの人士たち。でも、会ってみればその時間差は一気に縮まって、往時のままのふいんきですぅ♪都合でこれなかった人は途中でスマフォ参加すると。幹事が気の利いた奴で、その人の話題がでると、スマフォで連絡して実況中継をやるんですぅ♪つうわけで、2ダースくらいの人と宴会した感じで、大いに盛り上がりましただ。

 

 

 百聞は一見に如かず!かな?

 先日の話ですが、現代科学つうのは観察と実験と仮説により発展したきたという事実は確かにありまふ。でもその観察とか視覚化つうのにはどんだけの信ぴょう性があるんかっ!つう議論がありまひた。例えば、先ごろ話題に上がったブラックホールがみちゅかったつうお話し。そもそもブラックホールというのは、あまりの重力ゆえに光そのものが外へ出れなくなり観測不可能ってなものでしたが、こりが観測でけたんだと。即ち、ブラックホールそのものではなくして、ブラックホールによる空間の歪みによって光の軌道が曲げられて、黒いブラックホールの周りに光のリングがでけるつうシミュレーション画像とクリソツな観測結果が得られた、という画期的な発見でした。

 でも、このブラックホールシャドウつうのは果たして実在なのか?という議論がありました。なぜならこの画像の大本は8つの電波望遠鏡の干渉画像で、宇宙から来た電波をデータ処理して多重化し2年掛かりで合成したものなんですぅ。これの真偽や視覚表象と言語表象との関係や、言語化でけない表象と画像やダイアグラムとの関係が議論された。もちろん化学式やネットワークトポロジーなども画像の内かな?ファインマンダイアグラムなども理解の助け以上の本質あり。記号や図表は思っている以上の本質的変遷を齎すのはデカルトの議論を待ちません。「見る」ことについて、少し本質的に考えた2時間でしたあああ!どもども。・・・いやー普段内側からなんの疑問もなく経験してることも、改めてメタに眺めるとイロエロな気づきつうのがあるもんですねィ。ども。

 

 

11月10日(日)祝賀パレードの日、動物を通して自然に還る。

 祝賀晴れ!9℃~19℃、43%。帰ってきたらパレードの中継をやっていた。全テレビ局がすべてパレードを中継していた。これは電波の無駄ならざらんや!

 

 池袋方面に進出す:

 今年は鎌倉建長寺の虫供養に行けなかったので、養老孟司先生のお話を聞きに東京福祉大学まで足を運ぶ。「まる(猫)に学ぶ生き方」なんつう題名で、動物介在学会の一環です。

 ヒトの情動(喜怒哀楽)を脳活動で調べると、千人千様で決まったパターンはないそうです。それでも社会生活には必要だから、文化的、社会的に情動が形作られるようになったと。言葉(概念?)によって説明のシステムを作り、よく知っていることを関係ないことで説明しようとする。例えば、「水」は氷、冷水、お湯、蒸気など生活の中の実感でよく知っていますが、それを化学的にはH2Oなどと分子の結合で説明すると、分かったような気になるが、分かっていない。水の分子同士は帯電の偏りで+とーが引き合い氷や水のように固まっている。蒸留酒を熟成させるのは長い年月を掛けてアルコール分子を水分子が覆うからまるやかになるのですぅ。って、なんでこれが猫の「まる」と関係するんだよおおお?

 いわゆる猫が「フーッ」と背中を丸めるのは、別に怒っているわけではないのかもしれない。なぜならヒトの喜怒哀楽もその脳活動はみんな違うから。それがあると思うのは文化による社会的文脈で人為的に作られるんだと。ヒトは百聞は一見に如かずとかゆって、視覚に頼るが実は刺客の9割は脳内で作られていて、外界入力は1割に過ぎない。だから錯視錯覚は大きく分類しても100くらいあるし、こまかく分ければ千通りも検出されてまふ。世界の見方、見え方はイロエロあるんだから、拘るなっつうことかな?

 それで結局何が言いたいのかちんぷんかんぷんだったですが、そのメッセージは人為的な作り物よりも動物や虫などと親しんで自然に帰ろう!くらいかな?なにしろ1日中猫を見てると、猫は全く働かないし、居心地のいいところにいるし、腹が空くと餌に寄って来るが、食べるとプイと消える。つまりネコ(自然?)は中立のモノサシ(善悪、損得、毀誉褒貶などの価値観からフリーな)を示してくれると。箱根の「バカの壁ハウス」には鹿、猪、兎、穴熊、リス、などが増えてよく見かけるそーです。

 情動は理屈じゃなく、ただ湧き起るだけなんで、脳科学がそれを理屈にするから矛盾が生じる。自分を投影して猫もそーだ、他人もそーだというのは大間違いだそうです。察するに、無為自然で田舎で暮らせば自分を取り戻せて、IT人間・情報人間から回復できると言いたいのかな?どもども。

 

 ファインマン自伝から面白い話を引用してたから付記する:

 高校生の頃、頭の中で1から100までカウントしたら何回やっても同じ時間でできた。それで友人にも試したが少し時間は異なるが同じ時間でできたという。どーやら人にはそれぞれ固有のカウント時間というのがあるらしい。それでカウントしながら本を読んだら読めた。友人にもやらせたが本は読めないがお喋りしながらカウントできたという。それで有名な指揮者トスカニーニが「新世界」を指揮すると1時間の交響曲で毎回1秒の誤差もなかったと。そしてこの各人に固有のカウント時間は心拍数とは関係ないらしい。上記の話とどう関連しているのかはわっかりまへーん?養老さんも齢82歳、話が飛ぶのもむべなるかな。

11月9日(土)山茶始開、ツバキの花が開くころ。学会の季節♪

 晴れ朝晩曇り。11℃~17℃、48%。だんだんさぶくなってきましたよっと。

 

 今日は三田でやってる「日本科学哲学会」と日本学術会議でやってる「スポーツと脳科学」をはしごしてちゅかりた~~~~~。脳がすっかりサチってもうたぜよ。

 

 身体性の脳科学

 ヒトは赤ちゃんや幼児の時は運動の精密さが見られない分、成長するにつれ色々な動作(スポーツ、演奏、工芸などなど)が精緻化してきます。こりは脳内の抑制系が働いてくるためだと言われちょりもす。右手が動いているときは左脳が働いているのですが、このとき右脳に抑制信号をだすそーです。この抑制が効くほど右手の動きが精緻になります。左手を使っているときはこの反対です。

 ネイマールに足首を回してもらい脳内を計測したら、普通の人に比べて足を動かす運動野の領域が小さくて、あまりニューロンを使わず効率的だったそうです。これは幼児から成長していく時にも見られ、成長するにつれだんだん使うニューロンが少なくなっていき、反比例して運動も精緻化するんだと。

 ハイスペックなアスリートの脳内を見ると、頭頂ネットワークにある運動前野や補助運動野などの高次運動領野で次の運動の具体的な情報をシミュレーションしてるんだって。このシミュレーションが精緻なほど実際の運動にも熟練してくると。それではどうやってこの能力を鍛えるのか?そりは幼少期からの長期反復練習しかないそーです。その無意識的なシミュレーションの多彩さが運動の多彩さを生み、プレーを効率化するんですぅ。(前にちと書いた、投手のボール軌道を先読みするのもこの機能です)

 あとブラインドサッカーの名手は当然ながら視覚野が縮小した分だけ聴覚野が大きくなり、更に海馬も大きくなるそうです。その海馬に連動して心的運動空間を把握する領野が活発に働き、目が見える人と同じくらいの空間認識ができるそうです。これが欠損を補う脳の可塑性とゆわれます。

 そしてこれらの知見に基づいて、オリンピック選手の強化を図っているんだって。すべては脳から始まると。ホムホム

 

 

11月8日(金)立冬に立論す。

 晴れのちときどき曇り。12℃~19℃、41%。とうとう冬が立ってしまいました。う~ん。今日も午前様になってもうた。

 

 笹塚方面に進出す:

 今日は哲学の集まりです。パースを読んでいますが、打ち上げの方が面白い話が聞けます。習慣化して当たり前と思えることを、問い直すと。こりは幼児も「何で?何で?何で?・・・」の連鎖で問い詰めますが、これはこの世界が珍しいから。大きくなると、習慣化して疑問にも思わなくなることの本質を敢えて問うのが哲学だから、誰でも無資格で哲学はできるんだって。ただ色んな考え方や方法論はあるから、問いや思考の深みは当然違ってきます。その点、感性の合う先生と一緒に学ぶといい方向性がついてくるかも。日常習慣(経験)に関する問の連鎖を遡ると、最後は「なんで在るのか?(存在論)」と「識るとは何か?(認識論)」に到達します。それで、これらには結論がないから、いくらでも考えたり、議論したりできるんだすぅ。ども。

11月7日(木)家族を通して社会を見、社会を通して家族を見るとは。

 晴れのち曇り。10℃~23℃、49%。おうし座流星群が来ているらすいが、曇りがちでよく見えません。

 

 

 家族とは:歴史的変遷。

 家族社会学的にいうと、夫婦と子供数人で夫は外で働き、妻は家事・育児に専念し、夫婦・親子は愛し合うという典型的な核家族は、市民革命、産業革命以後の200年あまりの歴史しかないという。日本では戦後の高度成長期に社会全体に普及したと言ふ。

 それ以前は公私が未分離であったが、近代社会になって公領域の市民社会と私領域の自立した近代家族に分離したとゆわれます。そして職住の分離、労働の分離(有償の市場労働と無償の家事労働)、ジェンダーによる男性性と女性性の分離と役割分業など様々な分離が発生した。そして家族成員間の愛情の特権化(異性愛、母性愛、家族愛、子供愛)で家事労働を動機付けたとされる。

 しかして現代社会ではこの解体が始まりつつあって、職住一致、家事労働からの解放、ジェンダーの平等・解放、家族の解放(崩壊?)などが起こりつつある。それと共に閉じた家族が公に開かれ、子供食堂やシェアハウスなどが立ち上がってきた。悪い面では前近代で見られた子供の虐待が頻発し、学校の解体も始まっている。

 しかし西欧からかなーり遅れてスタートした東アジア社会では公の充実がなされる前に、家族が解体されつつあり(単身世帯の増加)、これが社会の不安定要因になっている。地域社会の崩壊、家族の崩壊、学校教育の崩壊、日本的企業経営の崩壊、労働運動の崩壊、グローバル化国民国家の崩壊?)などにより個人は社会や集団に安定して依存することができなくなり(自己責任?)、格差の増大とも相まって社会不安が増大していく。

 では、どーしたらよかんべぇ?典型的近代家族を再建するのではなくして、新しい社会の枠組みを茂作するしかなかんべぇ。開かれた家族に対応して、開かれた公共(地域社会の助け合い)、テクノロジーによる単身者の結合、ケア労働の充実などが挙げられる。ま、グローバルコインとローカルコインの電子化やケア労働のスコアリングなどICTを分断ではなく結合の方向に導くことも大切でしょう。

 ま、社会の解体、変革期にはイロエロなアイデアを出し合ってあるべき姿を論じ合えるんだから、ある意味ではおもすろい時代だと言へます。愚痴や諦めではなくして前向きに時代の課題に取り組んで行きましょう!どもども。

 

11月6日(水)災害対策にもイロエロ。

 ちょつ白っぽい快晴!9℃~21℃、20%。1日の寒暖差が激しく、湿度も下がってきたらインフルエンザの季節かも?早目に予防注射をしておこう。

 

 

 町田方面に進出す:

 この会は嫌韓者が多くて嫌なんですが、こういう人たちは韓国に関心が向くから韓国の知識が豊富なんですね。だから「君はどーしてそんなに韓国が好きなんだ?」と揶揄してやります。それにしても、日本は欧米の近代史よりか東アジアの歴史をもっと勉強した方がエエですね。

 最近の広域水害の話題で盛り上がる♪武蔵小杉に住んでる人の報告では、同じタワーマンションでもその被害に大きな差が出たと言ふ。大雨予報で直ちに動いて市に連絡し土嚢を手配して、地下の入り口に積んだところは被害がなく、漫然と正常化バイアスにひたっていたところが被害を受けたと言っていた。やはし自治体と協力して自主的に早く動くところは災害を軽減できると。電源を大切にしないのは福島原発の教訓を無視している証拠です。

 今後の対策として、千年堤防を作るよりは遊水地という意見もありました。これは鶴見川を見ればかなり効果がありそう。場所がなければ地下に造るという手もあります。頑丈な堤防を膨大な費用を掛けて作っても、川が土砂を運んできて結局天井川になるのは、目に見えてます。これは津波対策にも当てはまりそう。長大な防潮堤よりも、安全な避難施設のほうが安くできそうです。今回の大雨でも、水が防潮堤にせき止められて洪水になった!なんて笑えない話もあります。

 いずれにせよ、ガチガチの対策よりか柔軟で変更の利く対策が望まれますぅ。ども。

11月5日(火)イエスマン国家とは。

 今日も秋晴れ!9℃~19℃、35%。プールだん。半月♪

 

 組織は頭から腐るのか?

 魚は内臓から腐り、人は足から腐る(足が痛んで動けなくなると免疫が落ちて肺炎になりすぐしむ)と言ふ。而して組織はトップから腐るというが、実は足元から腐っていくんであーる。現場の活性が無くなり上の者のいうことばかり聞いて自分で考えなくなる忖度症候群は、ヒラメなイエスマンを生み出し、それがひいては裸の王様症候群を発症させ上の者も考えなくなると。こうして組織も国家も足から頭まで腐っていくんであーる!反骨の者どもを期待する所以(ゆえん)であーる。どもども。

 とは言え自分の意見だけが正しいとする態度は宗教的でもあり、常に一抹の不安を宿さねばならぬから、社会現象というのは物凄く多くの要因による複雑系でありますから、こがいな素人の街場談義で分かるようなものではないと付記しておく。歯切れが悪くてスマソ。どもども。

 

 ついでに本音を述べておくと、気候温暖化はCO2が犯人だとする仮説には、その是非について未だにどちらとも言えないという、これまた煮え切らない意見ですぅ。どもども。