1月23日(土)常時と非常時とは。

 終日寒雨しとしと。10.2℃~3.4℃、58%~97%。深夜雪に変わるかも。ブルブル

 オンライン会議2本。座り疲れました。夜はすき焼きにしてみた。美味し♪

 

 ソ、ソ、ソクラテスプラトンも:魂(イデア)の肉体からの解放と分離。

 死を恐れるということは、知恵がないのにあると思っていることと同じです。それは知らないことを知っていると思うことと同じだからです(無知の知?)。なぜなら、死を知って(経験して?)いる者は誰もいないからです。

 考えるに、死というのは次の2択になります。1・死んでしまへば全く何も感じない無になってしまう、2・魂がここからあちらに住居を移すようなもの、のどちらかです。前者は深いねむりのようなもの、後者は地上から離れて他の場所に旅に出るようなもの、どっちにしても、ビックらするほど儲けものということになるでしょう。

 

 裏腹シリーズ:

 確かに自助というのは大切な考え方でしょう。人に頼っているだけでは世の中良くなりません。神は自ら助けるものを助くと言へり。公助から自助へと比重を移すと経済は効率的に回るのも確かです。すかす情勢が変わって社会が非常事態に陥ると、余裕がないために公助もうまく回らなくなります。日本の感染者数が欧米よりも一桁少ないのに医療崩壊が叫ばれているのはこの為です。自己責任で自助で回していたため、儲からない感染症対応が極端に遅れてしまって、公助だけでは回らなくなっていたんですね。ありんこの社会でも2割の遊んでいるアリがいるという。社会に保険を掛けていなかった付けが、ここにきてリスク要因になってるんすね。どもども。

 

 

 

 

 

1月22日(金)合理と感性についての玉虫的考察。ども。

 今日も霞晴れで遠方けぶる♪ 1.2℃~16.0℃、28%。あったけ~♪すかすこの気温の振動にはまいりますたですよ。明日はまた一桁気温か?雪の予報も!

 今日もオンラインで遅くなってしもたですぅ。電車に乗らない分だらだら居残りしてもおkつうのが困りもの。タハッ

 

 人類シリーズ:ケッケッケ♪

 TVのコマーシャルで最近流行ってるのは脱毛と増毛でやんすね。今日、同じ時間帯に両方やってて気が付いた!毛というのは文化習俗で持ち上げられてる部位もあれば、蔑まれてる部位もあるってことが。しかもそりらは普遍的ではあーりまへん。

 頭髪はどっちかつうとある方がいい、、、体毛は無い方がええ、、、つう大きな括りはありますが、文化や習俗、宗教で微妙に異なります。イスラムは髭を蓄えてる人が多いですが、西欧人はあんましおりまへん。こりは古代ローマからの伝統かな?短髪で髭剃ってるのがスタンダードですから。

 腋毛をムダ毛にしたのはいずこの国の習いぞや?江戸時代はどーだったんだろ?月代とか剃ってたしね。すね毛や胸毛なども文化によって価値観が変わってくるんでしょうね?こういうのはやはし人類の宿痾と言ってもええでしょう。いわゆる勝手に害虫・益虫、害鳥・益鳥とか差別する性向ですね。

 そもそも人類の体毛はなぜ薄くなったのか?長距離走って獲物を取るのに発汗しやすい方が有利だったつう功利的な理由を述べる人もおりまふ。頭頂だけは日光から守るために残っただとか言っても、つるっぱ毛の人は生き残れないことになるよね?でも現在けっこう多いです。霊長類だって顔面に毛のないのは多いです。これも汗をかくためなの?

 こういう形質の変化には、分けわかめなのが多いです。特に生存上の利点も無いのに残っていると。こりも大体は性淘汰で理屈を付けてます。つまり異性が好きずきで選択するから、変なものも残るんだとか。ま、理屈と膏薬は何にでも張り付くたぐいかな?

 とか冷笑的にイチャモン付けてても始まりません。でもね、この辺に人類の本質の一部があるのも確かです。集団的にいいとされたものはイイのだ、集団的にわるいとされたものはワルイのだっちゅう性向ですね。アマゾンの裸族でも、腰に一本紐を巻いてないと、とっても恥ずかしがるそーです。物理的にはぜーんぶ見えてるのに、紐一本で恥ずかしさを解消できるのは、それがお約束だからです。

 頭髪でも腋毛でも体毛でも本来良いも悪いもないんですが、すべて人類の集団で思考する志向が善悪を決めていると言えるです。つうところからファッションの流行り廃りを議論するとおもすろいかも知れませんねぇ。ともあれ生き死にからみたら、ぜんぶ大したことではごぜーまへん。ジャン

 

 

1月21日(木)初大師。フキノトウが咲く頃。真冬の夜の夢♪

 もやもや晴れ。-0.3℃~10.7℃、40%。遠方霞んだ一日、思ったより気温上がらず北風がつべたい。

 

 自分と異なる生き方とは:

 実はこりは当たり前のことなんすね。他人が自分とおんなじ価値観で、自分と同じように生きるとしたらそりはもう奇跡だすぅ。こりが分からないと大人とは言えませんです。ハイ

 つうような見地からは、今は子供の世紀と言えるです。みんなじびんとおんなじ考えでなきゃ、いやだいやだと駄々をこねると。タハハハ

 思想信条ってのはどーやって培われるというと、そりは文化の影響から免れれまへんだす。イスラム社会で生まれたらムハンマド絶対、欧米で生まれたらジーザスクライストスーパースターですね。だから本人の意思で変えるのはかなーり困難なんすよ。

 とはいえ時に捻くれたる者なきにしもあらず。書物か先達か友人かの影響はいざ知らず、異端(その社会では)の思想にかぶれる者がでてきまふ。その人なりの辻褄と合理性を以てその信条は受け入れられ、だんだん強固なものとなってゆきまふ。

 このようにして世界には異なる考えや思想信条が満ち溢れていくんだすぅ。ども。んで、その世界に浸りこむと違う世界がどーしても許せなくなるんだすぅ。そして世に争いごとが蔓延していくんだすぅ。

 もともとこれらの思想信条に絶対性がナインすから、こんなんに振り回されるのは徒労と言えましょう。人は親父や上司のような権力体には反発しますが、子供や弟妹のような保護するものの言動には鷹揚です。ま、しょうがないか♪とかいって寛容になります。

 つうこたー、世の騒乱は余裕の問題かも知れませんねぇ。人類皆兄弟と本当に感じられれば、もう少し時は嫋やかに流れるのでしょうね♪(玉虫の真冬の夜の夢より)

 

1月20日(水)大寒。二十日正月。注意深ければ周りに疎しとは。

 今日も快晴!0.2℃~8.5℃、30%。寒さのピークだが春の兆しもある。微熱で頭痛の二重苦。といってもコロナ下での過剰反応かな?

 

 人間一寸先は闇かな:

 東北自動車道ホワイトアウトによる130台以上の多重事故あり。人生一寸先は真っ白け!何も見えなくなったらスローダウンして止まるのがいいとは思いますが、追突されるのも怖いし。で、それまでの心理的な慣性で走り続けると。1秒の判断が生死を分けるのか?ホントに一寸先には何があるか分かりませんね。去年の正月はまさかコロナでこんなになるなんて思いもしなかったですよ。でも、思わなくてはいけなかった人はどこかにいたはずだっ!WHOとか公衆衛生医とか政治家とか、それを職業にしている人たちが。

 

 裏腹シリーズ:見えていても見えないとは。

 人間(動物も多分そう)の認識機構には志向性というのがあって、アンテナを伸ばした先のものしか認識できません。見えないバスケットゴリラの実験が有名ですね。この指向性は集中しているときほど強く作用し、見ているもの以外は全く見えなくなります。逆に、ぶわ~っとなんも集中せずアバウトに眺めていると、広い範囲を認識できます。裸眼と望遠鏡や顕微鏡の差みたいなもんかな?

 これは認識の特徴ですから、なにびとといえども逃れ得る能わず。でも、こういう心理作用が必ず認識に内在すると知っていれば、時々注意はするでしょう。人は物理的に見えていても、見えていないものはたくさんあるんだと。ま、無知の知の一種かな?逆に、俺にはすべてが見えているんだと高慢になると危ういです。政府高官などに多い特徴です。ガチョーン

 いや、今日「トランプのマジック」とかいうメールが流れ込んできて、またトランプさんが何かやらかしたかな?と思ったら、トランプの絵札をつかった志向性のマジックでした。最初は「なんで漏れのココロが読めるんだあああ!」とおどれーたですよ。関心の向かないところは何も見えないという観測問題のマジックでした。どもども。

 

1月19日(火)蓼食う虫は好き好き。

 北の風やや強く快晴!1.2℃~9.5℃、26%。またまた空気が乾いてきますたよっと。

 

 日落ちて未だ残照あり:

 この季節の森や林を歩くと何となく物悲しい気分に襲われます。枯れ葉や枯れ枝を踏み敷いて歩くと、葉をすべて落とした樹木の枝が、真っ青な空に伸ばした根っこみたいです。でもよく見ると、枝先に小さなつぼみが付いていたりします。日溜まりでは老夫婦がベンチに腰掛けて肩を寄せ合ってます。更に目をこらすと白梅が2~3輪、小さな花を付けてます。春遠からじ。コロナいつ止むか。

 

 好きずきとは:

 これはもう個人史ですから変えるのはかなーり難しいでしょう。花が大好きだというのは結構普遍性がありますが、中にはミミズが好きで好きでたまらないという方もいるかもしれません。要するに「好き」ってことに理由はないんですね。

 人が人を好きになるというのも理不尽なもので、雷に打たれたとか形容することもあります。単純に計算しても相思相愛というのは25%くらいで、実際はもっと小さな確率でしょうね。俺はこんなに一生懸命なのに!とか、こんなに大好きなのに!とか言っても始まらない相手の気持ちとは。未練は残るがそんなもんだと諦めるしかナインですぅ。ほんとに好きならシラノ・ド・ベルジュラックみたいに陰で支えるしかないでしょう。

 国や国民に対しても好き嫌いというのは確かにあります。これは感情ですから是非に及ばず。でも、それを差別に結びつけたりしてはいけません。嫌いだけれど共存しなければならないのが人間社会であり、国際関係なんすからね。「なんでおまえはトランプが好きなんだあ!」とか、「なんであなたはハトポが大好きなの?」とか言っても始まりません。好きなものは好きなんだから。嫌いなものの方がもっとバラエティがあって、いちいち咎めていたら、社会は成り立ちません。

 いいことやろうとしても、「アフリカの難民援助する前に、日本のホームレスがいるだろ!」とかいう公平教信者も散見されます。でもそれはたまたまアフリカの難民に心を動かされただけであって、世の中のすべての不幸に目を向けてからでないと、動き出せないとしたら、行動はフリーズされてしまいます。

 世のことにすべて合理的な理由を求めたら、それこそ恋愛なんてなくなっちまうでしょう。つうことは人類は存続できないと。生物界は常に理不尽で動かされているんだあああ!(玉虫の盲目的な意思論より)

 

1月18日(月)初観音。人類は何を焦って生き急ぐのか?

 曇りのち晴れ。1.0℃~8.6℃、53%。11100歩。けふはけっこう歩きました。豚肉が余ってたから、夕食は焼うどん。旨し♪

 

 効率とは:

 手早く、無駄なく、ミスなく、最適に仕事をこなすことは大変重要なことです。すかすこりは機械の基準にして、決して人間に押し付けるものではありません。人間の機械化が始まったのは産業革命の頃からかな?労働システムの部品の一つとしての人間(労働力?)です。

 効率と結びつく言葉は生産性ですね。生産性とは最小限のインプット(ヒト・モノ・カネの投入)で最大限のアウトプット(付加価値or生産量)を挙げることです。業務効率化は前者を最小化し、アウトプットはビジネスプランや自動化(IT化)に左右されます。

 ね?こういう言葉を使ってると人はまさしくシステムの部品と化すでしょ?人間の価値をシステム最適化の見地から眺めただけなんす。シシュフォスの神話みたいに石を山に持ち上げてまた転がり落ちるっつうような人生には何の関わりもないんですぅ。芸術とか芸能とか演劇とかにもあまし関係ないかな?効率よくアートをアウトプットするって語義矛盾ですよね。むしろ手数がかかって苦労している方が価値があるとか。

 ケケ中一派が推進している新自由主義の効率化ってのも斯くありしかも。コモンに属すべき公共財をみんな民営化して利益の観点から効率化を図って、医療や教育を破壊してきますたよっと。それで大学も荒んでるし医療も感染症に対して脆弱になりまひた。短期的な効率化、利益を求めてコモンの土台を破壊したんだすぅ。医療や教育は儲けてなんぼではなくして、人を救ってなんぼ、人を育ててなんぼのもんじゃい!人類そんなに急いでどこへゆく?・・・実はどこにも行かないんすよ。すべての生物は今ここを精一杯楽しく生きて去っていくんですぅ♪ジャン

 

 

1月17日(日)土用。ベスト&ブライテストの陥穽とは。

 概ね薄曇り、ほんのちょっと日差し。4.3℃~8.0℃、41%。4100歩。あっという間に真冬に逆戻り。ずてぃんしゃに乗ってても手と耳がかじかみまふ。ブルブル

 注文しておいたパルスオキシメータつうのが届いた。指に挟んで血中酸素濃度を測るのだっ♪こりでもう安心!かな???

 

 願望と杞憂:

 あまりにも悪いことばっかし考えてても杞憂になちゃいます。天から隕石が落ちてきて当たる確率は極めて低くても無いとは言えません。が、始終そればっかし心配して暮らすほどではありません。

 逆にあまりにも願望が強くって、その願望にとらわれてしまい現実から乖離するのも危ういと言えるでしょう。ポジティブに生きるのは好ましいのですが、精神論に傾くとリスクを見落としがちになります。もしもの時のコンティンジェンシープランというのは、決して後ろ向きのネガティブな態度じゃないんですぅ。

 例えば、保険つうのも万が一のために用意するもので、それがないと思い切った挑戦ができません。万が一が起きなければ不要だと思いがちですが、その前に普段の仕事が縮こまってしまうんす。備えあれば憂いなし!

 つうようなことを最近の政府や都の動きを見ていて考えさせられました。オリンピックをやりたい一心で、すべてが後手後手に回ってしもたのは願望が現実認識を曇らせたのではあるまいか?と。下手に騒ぐとオリンピックに影響するからと、pcr検査体制も整備されないし、隔離施設も作れないし、保健所の体制も強化できないし、医療体制も強化できないし、なーんもしないままGoToでゴトゴトしてました。

 世界はすべてバランス問題だと観じれば、世のことは願望と杞憂の狭間に在り!願望は前向きに生きるためには極めて大切なんすが、そりは杞憂の裏付けがあってこそ生きてくるんだすううう。ザンネン