白っぽい夏ばれ。23.3℃~31.6℃、56%。1800歩。南東風やや強し。真夏日なり。
決められる政治とは:独裁者の陰謀である。
このブログでは、リザルトかプロセスか?という議論を縷々述べてきたが、その得失はいろいろな対象において異なるものと思われる。勝負事やスポーツ、あるいは科学的業績においては、リザルトの方に重心が掛かるような気がする。しかし、こと政治の分野では、プロセスの方が圧倒的に重要であろうと、かように愚考致したる次第。
それは何故か?・・・政治の分野では、その結論が取り返しのつかないような結果(戦争や経済破壊など)をもたらすからである。また基本的には、いろいろな利害関係の調整であるから、不満の調停であると言ってもいいかも知れない。時には皆に少しずつ我慢をしてもらう「三方一両損」のような施策も必要であろう。
このような分野において、即断即決の決められる政治が適しているのであろうか?極端に言えば、このような手法は独裁に近い。良い時は良いが、悪い時は破滅に直結する。人間社会は何度かの大失敗により、政策決定のプロセスを重視するデモクラシーを選んだのではないか?デモクラシーとは徹底的な議論により、時間を掛けて丁寧に合意を取るというプロセスである。グダグダとやっていること自体が大切なんですぅ。ショートカットして結論を急ぐのはデモクラシーではありません。結論は時に間違えますが、それまでの葛藤を通して成員は成長します。右往左往して、時間を掛けることそのものに価値を見出したのが民主制なんです!
「デモクラシーなんて西洋の押しつけダロ?へっ!」とか思う御仁も居るやにしれず。しかし日本は古来から和の精神でとことん話し合いを重んじる文化の伝統があるんです。村々の寄り合いでも、戦場(いくさば)での軍議でも、全員の合意が取れるまで、ぐだぐだ評定を重ねたんですね。諸君も日本古来の文化を尊重するよろし。とことん話し合う決められない政治は、決して西洋から押し付けられたものではないのです。ども。