1月24日(水)初地蔵。時空は認識の枠組みだから存在論にはなじまない(カント)。

 白い雲ぷかぷかの寒晴れ。2.8℃~8.4℃、20%。5900歩。北西風強し。終日気温一桁の大寒波襲来!ブルブル 病院で定期検査。すべての数値は正常を示していた。ウフフフ

 

 時間の不思議とは:

 時間には過去、現在、未来という継ぎ目なき連続の不思議がありまふ。現在がズーっとスキャンして行って、今が過ぎると過去になり、少し先がすぐに今になります。でも、今の幅がどれくらいかはわっかりませーん。

 あと時間の解像度の問題がありまふ。こりは時間認識の細かさですね。人間の認識を基準にして考えれば、大陸移動なんてのは感覚では認識できません。長期的な計測でしか把握できないのです。

 一方、超高速動作も認識がむずかすいですね。ムクドリが群れで飛んでいたり、蚊柱が立ったり、イワシの大群が固まって泳いでいたりしても、彼らは高速動作をスローモーションのように認識でけるから、決してぶつかりません。

 人間でも武術の達人とか、危機に陥った人とかは、時に相手や周囲がスローモーションに見えるそーです。

 だが何と言ってもいっちばーん不思議なのは「時間なんて無いよ」という言説です。こりは頭で考え過ぎて論理的に詰めていくと、結局時間が消えてしまう現象ですね。古代ギリシャの「飛んでいる矢は止まっている」言説と似たようなもんかな?

 現代でも有名なマクタガートのA理論、B理論なんてのが研究されてるくらいですから、時間は生命と同様、永遠の不思議かも知れんですぅ。そもそも考えているのが神ならぬ人間ですから、どこかで「理性の限界」に突き当たるのは理の当然!かな?タハハ