8月24日(火)綿柎開(綿の実が開く頃)。ダイバーシティまでずてぃんしゃを飛ばす。

 晴れのち薄曇り。23.9℃~31.0℃、62%。薄曇りの空にブルーインパルスがスリーアギトスを描く。

 薬を取りに掛かり付け医に行ったら、けっこう混んでました。今日も4千人超のコロナ新規感染者。これが10日続いたら4万人超!コロナ患者は積みあがるばかりですぅ。どーすんだろ?

 

 多様性と寛容:概念とその実態の困難性について。

 多様性(ダイバーシティ)とは実に難しい概念である。生物は(人間も)同質を好むからである。バイオロジカルには異質なものは排除されます。しかしもう一段メタな見地から見ると一つの種だけがのさばっていると生態系的には弱くなります。

 人間世界でも同様に同質でつるむ傾向はありますが、社会はイロエロな性質のものが同居しないとロバスト(頑強?)になりません。そこで異質なものをすべて包摂する寛容(トレランス)が重要になります。

 ただし不寛容にまで寛容になると、これは不寛容を助長しますから自己否定的な寛容は良くないことになります。同様に差別や虐めに寛容になるのも良くありません。即ち寛容はすべてを包摂するのではなく、異質なものの中でも悪いものは排除します。ここに善悪の判断が入ってくるので、何が善か何が悪かで恣意性が混入する恐れが出てきます。これも多様性の矛盾の一つとなります。

 生態系や生物の進化においても、おのおのの種は自分たちが蔓延ろうとして懸命に闘います。その結果、ある一つの種だけが蔓延ると弱くなってしまうので、あらかじめ自然をコントロールしようとしても出来ません。ですから多様性は結果だともいえる訳です。往々にして人類が関与した多様性への介入は成功しません。

 と言うように、人間世界でも大自然でも多様性の実現は言うほど楽ではありません。広い心を以て、かなーり我慢しながら寛容を実現するのが多様性かも知れませんね。タハッ

 

 秋来ぬと目には清かに見えねども虫の声にぞ驚かれぬる