4月11日(土)小人閑居して、文句たらたら。

 雲の多い晴れ、夜雨。7℃~17℃、33%。ジムやプールが閉まっているので、町中でジョギングしている人多し。わだすもだいぶ泳いでないなぁ。ザンネン

 

 もうあきれてものも言えまへんがな:

 ネットでイロエロと情報を集めれば集めるほど不安が募ります。なーんも知らないしやわせとは。ショボーン だいたい今どれ位感染者がいるか推定もできないし、肺炎で亡くなった人でコロナだった人も分からないし、そもそもどれくらい検査しているかも分かりません。すべて真実は霧の中。人との接触を8割押さえないと感染爆発が起きると脅かす割には、その為の対策(補償とかすぐに支援するとか)は示さないで精神論でお願いするだけ。大体2割の活動って医療とか物流とか食料とか生きるための活動だけに絞ってもぎりぎりなのに、補償したくないから締めないお店や業種がたくさんあります。願望と実態の乖離はますます開いていきます。どーすんだろ?とは言え、個人的には備蓄を食べながら一歩も外に出てません。

 

 

 人生の幸/不幸とは:

 人間すべからく塞翁が馬という中国の寓話があって、禍福はあざなえる縄の如しとゆわれます。すなわち不幸は幸運の種となり、また幸運は不幸の種となるという人生の経験則を物語っているのもであります。かくいうわだぐすは塞翁馬論者であります。

 ここに確率論を持ち込むと少しおもすろい結果が得られます。確率のarc-sine law(逆正弦則)つうのがあって、こりが常識と少し違った結果を齎します。ブラウン運動コイントスのようなランダムで運不運がきまる確率過程において、幸運な時間と不運な時間の分布をシミュレーションすると、正規分布になると思いきや両端に分かれてしまうんすね。つまり、幸運な時間ばっかしと不運な時間ばっかしと。こんときに出てくる数式にarc-sine が出てきます。どんくらい長い時間しやわせをかんじているのかは人によって大きく異なるし、偏るということが確率計算からも示されるんです。

 すかす感じている時間ではなくして、しやわせ度を定量的に評価すれば正規分布に近くなり、人生プラマイゼロになります。こりは常識あるいは実感に近いと言えるでしょう。確率計算はときどき思わぬ結果を示すので興味深いといへるのかな?ん?そんなん興味ねーだと。たはははは