3月22日(水)ソーリの悪口を言う奴がいた。

 一転、快晴!6℃〜15℃、50%。北西の風強し。桜の満開はゆっくりと来るらしい。

 渡り鳥たちもそぞろ神の物につきて心を狂はせつつあり、渡りの練習を始めました。




 性格を形造るものとは:

 昨日の話ですが、「やっぱし子供のいない人って、ラディカルになるのかなぁ?」なんて、やや差別的な発言をした奴がいた。賛否相半ばしたが、一般的な傾向としては正論を押し通す人が多いような気がする。正しいことは正しいんだっ!としてコンプロマイズできない性格。これは世の不条理を不条理として受け入れられない性格です。

 これは何故かと言うと、我儘一杯で、煩くて、手に負えないこともある赤ちゃんを、それでも一番可愛く思う感情、引き裂かれた感情を経験するかしないかの違いではないでしょうか。正しくなくても受け入れる、馬鹿な子ほど可愛い、という寛容な精神が、育児によってそのまんま醸成されるんす。いや勿論育児などしなくても寛容な人はたくさんおりますが、経験の重みというのは、捨てがたいところではあります。ジャン







 党派性とは:

 政治に関しては保守/革新という分け方が死語になりつつありまふ。現在の党派を見ると、いわゆる保守の人は「戦後体制を根本から革新してしまおう!」と言い、いわゆる革新陣営は「戦後民主主義を変えずに保守しましょう♪」と言ってます。では何を基準に右/左と分ければ良いのか?それは個人と全体の考え方ですね。いわゆる一つのどっちを優先するのかっつう価値観です。これは「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」という一見同じような文言のどちらが好ましいのかの問題になりまふ。「公共の福祉」とは個人間の権利が対立した時の調整原理に過ぎませんが、「公益および公の秩序」とは、個人の上に集団全体の利益を置く考え方です。どっちがイイとは一概に言えませんが、歴史的に言えば後者が行き過ぎて個人を蔑ろにしたために、国民全体に大惨禍が降りかかった事例がトラウマになっているでしょう。一方、個人の権利だけ主張し過ぎる弊害は、戦後色々なところで見受けられるようになりました。集団の利益も勿論大切なのです。人は一人では生きられません。でもホントはどちらも極端に走ると危ういということでしょう。個人の権利を優先しつつ、できるだけみんながしやわせに暮らせるような配慮も必要だっちゅうところが落としどころでしょうか?・・・いやダメだっ。そんなことではお国は守れんぞー!つうような国士さんもいることは、事実ですから。況やヒットラーをや!トホホノホ