3月7日(土)三寒四温ってことなのかな?

 寒雨しとしと、午後から曇り。4℃〜7℃、74%。寒の戻りか。


 千葉の方へ伊勢海老と地魚を食べにゆこうと思いました。要調査!






 下流が上流を決めるのか?

 因果律で言えば上流が結果として下流を決定づけるのですが、世の実相はそがいに単純なものではない。下流の実態がすべてを支配しているって構図はユビキタスに見られます。例えば資源てのは何か?これは消費されて初めて「資源」と呼ばれるのですぅ。ゴミだって再利用されれば資源になるし、石油だって使い方が分からなければただに臭い水です。これは全ての資源に当てはまります。人間だって上手く社蓄にすれば人材になるし、無駄遣いさせれば消費者になる。水だってレアメタルだってあるとこには有るし、ないとこには無い。その使い道がなければ単なる物質。要するに、消費が資源を決めると。

 そしてこれは意味とその表現にも当てはまるんですねィ。表現が的確に伝わってこそ、その意味が形成されると。どう書くかによって知っていることは影響されるんす。言語の構造や文化の志向性など、表現の多様性が知ること自体に還元されます。そう言う意味では、異言語間の翻訳ってのは、本来非常に困難な作業なんす。でも不可能じゃない。稚拙な言葉でも尽くせば漸近できると。一見のシンプルな建前を信じて生きてる者には永遠に理解不能なことなれど、これが世の実相なんですよっと。ぷ

 そうそう上流の脆弱性は、貴族と奴隷の比喩にも表れてるど。貴族は威張って奴隷をこき使っているように見えますが、貴族は奴隷無しには生きれない、でも奴隷は貴族なしでも生きれるんすねィ。つまり実態はどっちがどっちに依存しているかが逆転してるんす。うん、それで最近首輪のようにIDカードを吊り下げてる社員が増えてるんだな。みんな奴隷になりたいんだ。一応生活はできるからね。ぷぷぷ




 そうそう、会長に辞表を預けているような奴も奴隷なんだろうな。何しろ生殺与奪の権を人に預けて、唯唯諾諾としてるんだから、奴隷でなくて何なのだあああ!でも奴隷がいなくて会長だけなら組織は動かんと。