3月18日(火)芸術に偽物が流行るわけとは

 暖かな春霞な晴れ。9℃〜20℃。っといっても春風は台風並みでとても厳しいーっ!持ってかれそうになっただ。






 われ酒を飲まんと欲す@川崎。人間(にんげん)謙虚さを失ったらおしまいだと思う。人間(じんかん)至るところ青山あり。断続的に酒を飲む@三回目、また苦しからずや。最近はおつむがボケてきたからあんまし感動ってのが無くなったどっと。タハ




 当為(こうあるべし)という固いこと言わなけりゃ、けっこう馬なりに生きれるんすよ。事実的に言へば芸術なんて社会性要因が多大ですな。すなわち皆が崇めているのが価値があると。個々人が何に美を見出すかっつう感性要因には進化適応上イロエロな理屈が考えれてますた。ハンディキャップ理論とか。これはクジャクの羽とか、こんなに目立つ不利なことしてもわいは生きのびれまっせっ!つう示威やさかい。




 社会性要因にはどれ位コストを掛けたのかっつうのがオーラになりますのや。それが芸術の価値を高めるとか。その作品を作るのにどんだけ時間と努力を費やしたのかっ!あるいは名誉や評判をどんだけベット(賭けた)したのか!とか、どんだけ莫大な費用を掛けたのかとか。それらが芸術作品の価値を高めますんや。一方、美しい、楽しい、嬉しいと感じる感性要因は基礎にあって芸術価値はこの2つのベクトルで表わされると。古典芸術は社会性要因が大きくて、ほとんど同じ絵画でも贋作と分かるとそれまで何十億の値段がついていても価値が無くなります。現代アートは現実に穴を開けるような感性要因がメジャーだと言へるのかな?また海外に較べて日本は文脈(ストーリー性?)に基づいた社会性要因が大きく、これをまたマスコミが煽ったりして時に偽者が活躍したりしますね。ケケケケケ








 最近(って昔からか?)、マスコミのゴミ糞ぶりが目に余ります。どーしてこんだけクズ人間が集まったんだろ?と思うのは間違い。立場や環境が人を作ると。もともとメディアは自分の事じゃない事物を詮索するのが仕事ですから、長年のうちに根性が腐ってきますのや。カワイソ・・・うむ、いま思いついたが刑事さんが嫌な目つきになるのと同じだな。プ