6月1日(土)そもそも水無月とは何なのだ?

 
 概ね晴れ、午後から少し雲が出る。18℃〜24℃と過ごしやすい。

 ふむ、この季節は運動会や学園祭が多いのだ。何処かに行って屋台で焼きそばでも食うかなぁ♪それとも池袋で京劇をやってるから見に行こうかな?それとも明治神宮に花菖蒲が咲く頃だし。って迷ってる時が一番楽しいかも。フフフ



 そもそも・・・を考えることが哲学ですから、何であっても哲学できます。そもそも哲学とは何か?とか、そもそも考えるとは何か?などは自己ループしやすいですね。そもそも存在とは何か?存在を存在たらしめる大元は何か?なんてのもループしがちですぅ。そもそもこころとは何か?そもそも生命とは何か?もかなーり難問だすぅ。そもそも言語ってなんじゃらほい?ってのは分析哲学に繋がりますね。そもそも人間存在ってナンダ?は実存哲学へ。そもそも穴は存在か非存在か?なんてのは穴の存在論

 いやいや極身近の当たり前で自明なことを、そもそもこれってナンダ?とかゲシュタルト崩壊を起こすのも哲学かも知れない。「なんで俺はこんなところでこんなことをしてるんだ?」とか「なんで人間は屁をするんだ?」とか。日常の自明がふとした切っ掛けでゆらぐと、不思議が発生し驚きや戦慄に結びつくと。そこからどーしても知りたい!という狂気の粘着が始まり言葉の迷宮を彷徨うことになる。だから哲学者はみんな偏執狂なのですね。しかも正解のない荒野の放浪者。ま、大部分の普通の哲学者は単なる屁理屈屋か文献学者か解説者になってしまいますが。

 好奇心が人類の駆動力とすれば、それが生物学とか経済学とかの具体的な対象に向けば無難なんすが、神とか永遠とか真理とか善とか美とかの形而上の概念に向かうととんでもない事態になりますよ!とかゆったのはヴィットゲンシュタインさんだすぅ。「語りえないことについては沈黙しなければならない」と。

 しかし「この製品にはフィロソフィーがある」とか「あの会社には哲学がある」って何を指しているんでしょうね?そもそもの階段を1段くらい上っているからなのか。つうことはそもそもなんて1回も考えない薄っぺらい製品や会社が多いと言ふことなのかなぁ。第一そもそもなんて考える事自体がかったるいよな、普通は。バッハハハ





 そうそう、幼児の質問期が高度化してずーっと続いているのが哲学者だって言へるのかもしれないな。「なんでお空は青いの?」「なんでテレビの中の人は小さいの?」「なんでレモンは酸っぱいの?」なんでなんでなんで?どーしてどーしてどーして東京がそんなにイイんだろ?あまちゃん。好奇心を持続させるのにも心的なエネルギーを要するのです。老化すると好奇心も衰える若年寄。プ