11月29日(木)総選挙の争点と「危険」の理解について(考)

 概ね晴れ。5℃〜15℃と気温差が大きい。遠方少し靄る。



 ハザードとリスクとデンジャー:
 みな「危険」と訳されますがそれぞれ意味合いが違います。ハザードは危険の要因、リスクは交通事故などの人災でコントロールできる危険、デンジャーは人智を超える天災で予測も制御もできないもの、となっています。ダイナマイトがハザードでその爆発の危険性はリスクだという説明もありますね。
 而して、原発は正常稼働している時はハザードで、事故の可能性は果たしてリスクかデンジャーかというのが問題です。推進派はリスクであると言い張り、反対派は影響を予測も制御もできないデンジャーであると主張します。例えば池信さんなどはあんなものは交通事故の死者数に較べれば屁みたいなもんで社会の過剰反応が人災を生んでいるのだっ!と主張し、一方飯田氏などは放射能が郷土を汚染し子孫代々取り返しのつかない事態になると主張する。もともとリスクとはアラブの語源で「明日の糧」という意味だす。リスクは積極果敢にチャレンジして、獲得しなければならないものであるとする。この辺の判断が今回の総選挙を左右することになるのです。ちなみにぼくは10年後くらいを目途にソフトランディングさせる派(あんまり期間が長いと情勢の変化でまた騙されそうですから。官僚はこの手を良くつかいます。)でやんす。現在の問題を一生懸命に収束させ、廃棄物の処理方法も研究し、併せて代替えエネルギーの開発に投資し、原発研究者や技術者をその方向にシフトさせるにはそれ位の期間が必要でしょう。直ちに全廃なんてやったら代替えも間に合わず技術者も四散してしまいまふ。
 ただし一つの懸念は被災者への故なき風評攻撃です。放射能をまるでペストやエイズのように怖れて、白眼視するのは広島被爆者に対しても陰に陽に行われてきました。良心的な学者の公正で根拠に基づいた透明性ある広報がとても重要となる所以です。実際に年5mシーベルトくらいでは、正常に体内に存在する放射性カリウムやたばこ、食品からの発がん性に比べても問題にならないレベルです。累積100mシーベルトを超えると漸く微かに統計に引っかかるくらいですかねぇ(日本学術学会の見解)。まっとうな知識が無いところには恐怖あり!恐怖あるところには過剰反応あり、過剰反応により最弱者、被災者が大きな2次被害をこうむると。さいわいにして被害に会わなかった第三者はこころして行動するべし。いじょ、自戒を込めて記すなり。