10月4日(月)さあ、これからの正義について語ろう。


 こんにちは。曇りときどき雨。秋雨が長引いてます。
はっと気がついたら恒例秋の「日本伝統工芸展」が今日まで
だった。日本橋三越に閉会ぎりぎりに駆けつける。



 30分くらいでざっと見ましたが、新人がけっこう育って
いるような気がした。繊細な中にも芯が通っていて心がなご
みます。こういう精緻さと自然に自然と溶け込む工芸は日本
だけでは無いのかなあ?ぐっと押さえた感情の迸りとか。
この後、日本全国12都市を巡回するんだと。日本人でえが
ったっす、つう瞬間もないとね。生き甲斐がね。













 一方、検察不祥事は特捜部長のタイーフォに進展し恥の
上塗りとか。ビーテレで「曲げられない女」つう弁護士物の
ドラマをやってたが、今回の件も正義感のつおい曲げられな
い女検事が涙の直訴をしたとか電車のつり広告にでてた。
普段はあまりお付き合いしたくないタイプですが、秋霜烈日
の検察には必要な人材かもね。そうぢゃねーと組織の論理に
染まりっぱなしで永年の悪弊から逃れうる術はねえ、つうの
がどんな組織にも見れますからねえ。内部告発者は職を賭け
、信念を貫くと。近年は女性>男性の風潮が顕著れすぅ。












 「疑わしきは罰せず」という建前はありますが、疑わしき
はストーリー作って罰す!つうのが現実になりつつあり、こ
れはこれで一つの信念ではあった。痴漢容疑なんかはこの
典型。叫ばれたらまづ助からないとか。証拠は叫びのみでも。
でも、これで痴漢の蔓延を抑えてるんだから意味があるんだ
よ、という見方もあることはある。冤罪に嵌った者は、公共
に奉仕した者として諦めなさい、とか?













 「1人の冤罪者を出しても99人の悪を裁く」というのが
江戸時代の司法。少人数の同心で百万都市の治安を担えた
所以ですぅ。嫌疑を掛けられたら、石を抱かされ、逆さに吊ら
れ、水を飲まされ、棒で叩かれてゲロをはく。だいたい疑わ
れただけで、もうこれは世を騒がせた不届者なんだから逃れ
るすべはなーい!神妙にするしかねーんです。












 ま、犯罪被害者の身になってみれば疑わしい奴が罰せられ
ず無罪放免というのは割り切れんとは思います。必罰と冤罪
との狭間、時代や文化によって揺れ動いてるのれすね。どち
らに傾くのかは、所謂社会通念つう奴れすよ。そういう意味
では、日本には未だ封建社会の通念が色濃く残っていると
いうことかいなぁ?それに「正義(笑)のマスコミ」が社会
通念を恣意的に弄れるのも現代日本なのれせうか。













 オザーさんの起訴議決に接し、こんな感慨を持ちますた。
でも、これが日本の民主主義なんだから仕方がない。オザー
さんも、そのシステムをさんざん利用してきたんだからね。
政治的にはオザーさんの方がダイナミックな展開になったん
ぢゃないかと、未だに残念ですがね。












 おお、嫌われ朝青龍の断髪式が盛大に執り行われたそう
です。こっちも極めて残念ではあったが、乙枯れさまと
言って揚げ鯛ですぅ。



















追記:ふむ。今読み返したら諸君に誤解を与えるかもしれん
から少し言い足し。わたしは歴史は進歩しているなんてコレ
っぽっちも思っていまへん。逆に退歩しててドンドン悪辣に
自滅の道を歩んでいるんではないかな?と時折チラチラとおつむ
をかすめまする。今の時代に江戸の影が濃い、つう認識を示
しただけで、江戸がイイとも悪いとも主張してるんぢゃねえ
んです。自給自足してサステーナブルな社会を構成していたところ
何かは、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシってなもんだい。
ドモドモ