2月16日(火)寒さ厳しき折柄、お体を大切にね、ご老体

 ごんぬづば。ぐもり。もつかとおもたら霧雨。みぞれには
ならなかった。こういう気候の1挙手1投足をもって、温暖化
はなーい!とか気候は寒冷化だあ!とかわめく奴らの顔が見た
いですぅ。アホカと。問題は既に科学議論からも既に離れてい
ます。要するに、生き方の価値観の範疇。タッハ〜









 悪天候を押して、武蔵の国、小杉の在に出向く。ここには
昔の大社長と中専務、手下の小部長どもが集うて何やら悪巧
みをしている。気鋭の勝手に社長どもも加わりて議論果てし
なし。そういへば漏れも勝手に社長さんの一人だな。タハッ
今は、八百屋のオヤジも、肉屋の息子も登録すれば直ちに
しゃっちょさんになれまするぅ。











 今日は仕組んで、コンザーバティブの論客とラディカルの
親分を配置したんですう。思惑どーり、激論でおもすろかった。
やっぱし、議論は煽りぢゃなくって本音でやらんと盛り上がら
んわな。ぶ 諸君も知ってのとーりわたしはどっちかっつうと
反権力的(反社会的ではないよ。念のため)な傾向があります。
で、ラディカルくんを応援したら論客がぶちきれて盛り上がっ
たな。それで、会合終了後論客と親分を連れて、数軒はしご
したら、遅くなってしもうた。











 若い頃は血を見る論争も、不惑を過ぎればそれなりに惑わな
くなります。もちろん自分のIDに関わればそうは言えませんが。
特に学者は持論に飯の種が掛かってマスカラねぇ。わたしも
最近は専門性と常識っつう民主政のディレンマに嵌ってまして
、素人はどんなに足掻いたって専門家には敵わないし、専門家
は常識がなーい、とか。しかも近年、著しく専門細分化されて
ちょと隣接の領域ではもう専門性は皆無とか。それでも偉そう
に社会全般に者申しています。













 ということは、専門性とは知識ではなく思考の方法論である
、と言うなら頷ける。いくら蚤のタマキンを研究しても役に
立つかは蚊帳の外。立つかもしれんし、立たないかも知れませ
ん。でも、ある事象を客観的に観察して合理的に再現し新しい
知見を得るという思考方法が、仮に結果論として成功を収めた
のだとしたら、専門領域以外に口を出しても許されるのかもね。








 人は目ではなく、脳で物を見ます。イリュージョン!!!