人間って極めて面白いかも

こんばんはー。うす曇で時々お日様が顔を出す、やや寒気が緩んだ一日。



ちょっと矛盾してるんですが、俺は「人間は可塑性があってその多様性と
ともに、日々変化しうる存在である」つうのと「三つ子の魂、百まで」と
いうのが両方ありだとおもうてる。人格の根っこにある傾向というのは
なかなか変えられないが、それは傾向だけでその出現に関しては百態あり
得るとか。おたまじゃくしでもガムバレば鯰になれる、っつうのが人間で
、でも姿形はある制約に縛られるとか。




人付き合いでも人間には或る類型があるから対応を予想して安心できる。
これはどこに由来するかというと、育ちとか文化とか教育とか環境から
くる価値観ではないかな。つまり何が好きで何が快くて何に安心するか、
それから思想・信条ってのもあるな。でも後者は比較的観念的だから変え
易いとか。変えにくいのは「好き」っつうのです。お袋の味から異性の
趣味まで。だから人の個性なんてえのは千差万別になるわけで、心理学
もホンの標識程度なんで、それを金科玉条にするのも権威主義のハロー
効果。




で、僕は虫や鳥たちが大好きだからそれに縛られてる、ってとこはある
な。自然志向の原点。人間よりも好きかも。生まれ変われるのならギン
ヤンマになりたいな。で、今の子供たちは何がすきなんだろうか?
やはり千差万別でしょうがディジタル・コンテンツは着実に増えている
ような気もします。退屈したら自分の中に入り込んで探検してみるのも
おもすろいかも。ホントに何が好きで何をやりたいのかは、なかなか表
面に浮び上がって来ないことも多いからね。
ではでは、無駄話取り留めなく失礼。おやすみー。




追記:
そうだ、突然思い出したが僕はイスラムについて余りにも知識が無さ杉。
イスラム社会では常識程度のことも知らない。つい先ごろ、ルネッサンス
の前までは世界をリードする文化圏でアフリカから東南アジアまで広が
っているのに。「中東の笛」とか見てたら急に思い出した。彼らにも何か
言い分つうのはあるのでしょうか。超現実的な世界観とか。




そうだ、くどいがもう一つ、昨日調べた語源:「ムベナルかな*1
天智天皇が琵琶湖のほとりで狩をした時に子沢山の健康な老夫婦にであっ
た。「そちらはなぜかくも健康で長寿なるや」とご下問ありしに答えて、
「わたしらはムベ(郁子)つう霊果を食してますだ。」と差し出すと、
一口食して余りの美味さに「ムベナルかな!」と称され「毎年貢進せよ」
と命じられたことより発す。とか。アケビ科のくだものらすいな。

*1:いかにも尤もであるなあ