多面的な人間の多面的な人間による多面的な見方

皆さんこんばんわ。涼しめの気候で過ごしやすい毎日ですね。
緑も益々濃くなり街路樹には白い花がたくさんついています。
梅雨が明ければ一気に海山の季節ですね。待ち遠しいです。



さて、今日も人間考。性善か性悪かではなく、言論からの真意の
覗き方とか。ある人に良いところが50あれば悪いとこも50ある
とか言われています。しかしこれは50の性格特徴があったとすれば
見方によっては全く正反対の評価がそれぞれ50通り可能であるのと
同値であるとも考えられます。たとえば:

  良く見れば(おみくじ的)     悪く言えば(ネガコメ

細心で行き届く         こせこせして器が小さい
積極的              オッチョコチョイ
太っ腹              アバウト
切れる              ずるい
手堅い              消極的
性格は良い           顔は悪い
運が良い             魔が多し
大は小をかねる         大は小に如かず

とか、ことわざでも同じ事象に対して正反対の評価を述べているものが
多数あります。
ということは物事或いは人物についてのある人の評価を見ればその人
の内心が見え見えと言うことになりもす。つまり意図は自ずから現れる
つう事ですね。ま、かしこい人は一つほめて二つけなすとか紛らわしい
ことをしますが、いずれにせよ聴牌タバコと変わりません。




う〜ん、頭の中に物が増えるというのも考えものですが、空間や空きが
あるから有意義つうものも多いです。頭が空っぽというのも幾らでも
吸収する余地があるという意味では望ましいかも。赤んぼみたいに。
欲望は際限がないと認識しつつも、あえて肯定するという生き方も有り
のような気もする。欲望から逃げると影のようにどこまでもついてくる
から。とかジジイも言ってたような???