手段と目的の転倒

手段と目的のテレコはよく見られる光景です。これらが同値なら
何の問題も無く、また意味も無い。しかし往々にして目的至上主義が
手段を奴隷のように使役すからやっかいだ。



たとえば、プロセスをいくつかに階層化したとする。下の層の目的は
上の層では手段になっている。つまり、ある層の手段を目的と取り違
えるということはその階層のレベルを下降、下落させることにあい等
しい。それで目的と手段をごちゃごちゃにして上手く立ち回れば、こ
の世はカオス。好いとこ取りのつまみ食い。てなもんですね。



はて、具体的にはなんだっけ?? 結婚するには手管が必用
愛してるから結婚する? 家事を効率よくこなすには結婚は手段か?
いやいやDNA継続が目的か?その為の手段は一夫一婦か雑婚か?



俺の思うところ、七つの価値観(まあ、とっても大好きな事でもおk)
のうち、一つでも一致すれば、そこそこ暮していけるんじゃないのかな。