10月28日(月)朔なり、大潮。寅さん♪と関係論。

 秋晴れ。15℃~21℃、46%。爽やかな秋の日。大川の濁りもようやく薄れてきました。

 

 NHK土曜ドラマで「少年寅次郎」つうのが始まってて、こないだは第2話まで。山田洋次原作で寅さんの生い立ちをドラマ化しています。寅さんファンとしては見逃すべからず!馬鹿だけど人が好くって人情がある。シラノ・ド・ベルジュラックばりに好きになっては振られるもの悲しさが胸に染みます。

 「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」いいですねィ♪柴又駅の前には銅像も立ってます。そのすぐ先に帝釈天があって、更に進むと荒川を跨ぐ矢切の渡しですぅ。帝釈天つうのは仏教の守護神でインドラと言います。しかしてそのご利益は病気平癒や開運などとともに恋愛成就なのは寅さんを思えば笑えるところ。でも帝釈天の奥さんは功徳天という絶世の美女で夫婦仲も睦まじかったとか。寅さんにはもう少し帝釈天のご利益を与えたかったなあ。ザンネン

 帝釈天といえば「帝網」つうのがあって、こりはインドラのネットとも呼ばれ、この世界の在りようを現わしています(華厳経)。この網の目のノードには宝石があって、それはその周りのすべてから力をもろて輝いているんです。一つの宝石には網にあるすべての宝石が映り込んでいるんですね。自分だけで自分の力だけで輝いているのではありません。人の在りようも斯くの如し!すべては縁であって、自分一人では何もできません。周りの人々のおかげで人間になるんですぅ。ども。

 さらに言えば、現代物理学の基礎の一つである相対性原理に影響を与えたとゆわれる「マッハの原理」があります。こりは「ある物体の質量は、そのまわりのすべての物体との関係で決まる。すなわち、他に何もない空間の中では、ある物体の質量には何の意味もない。」つうようなもんだすぅ。絶対的な時空間ではなくして、すべては周りとの関係性で成り立つ相対性!物質固有の質量でさえ、周りとの関係性の中で決定されるとしたのがマッハの原理なんすよ。ども。

 でもこりは余りにもラディカルであって、「もし君が世界でただ一人だとしたら、君のすべての行動や価値観は無に帰するだろう。」なんつう寝言と変わるところなかんべぇ。でも絶対的な常識の殻を破るような示唆は与えると。これがこの世界のむずかすいところ。そして、こりを脳内のニューロン網における認識の問題に敷衍しようとの考えもありまふ。(この項、続くかも)・・・すべては個物ではなくして、関係なんじゃー!

 

10月27日(日)人間とは我が儘な幼児のようなものなのか?ども。

 概ね曇りときどき晴れ間。16℃~23℃、59%。プールだん。

 

 表参道方面に進出す:

 やはし人大杉!久しぶりに南青山温泉@清水湯に浸かる。また楽しからずや。青山ブックセンターにて本を購入す。ここの前のテラスでは結婚の2次会が多いですぅ♪

 

 上から目線の人間中心主義とは:西欧の大間違い!

 そもそも人間に特権的地位を与えているのが西欧文明であって、こりは神が自らに似せて人間を作り、その人間のために自然を作ったっつう1神教の教義によるんであーる。極めて素敵に独善的であーる。

 だから西欧思想では、人間が自然をコントロールするっつう意識があらゆるところに浸透しておーる。反して東洋では自然と共生して穏やかに暮らそうよっつうのが基本姿勢であって、人間も動物もおんなじレベルにいるんであーる(生まれ変わりで行き来するしね)。

 それで産業革命以来、余りにも自然を蔑ろして収奪しつくしたから、そろそろ反省の機運が持ち上がってきますたが、それでもその機運は「人間がなんとかして、自然を救わなくてはならないっ!」つう人間中心主義が抜けておりまへんのや。もう人間中心は西欧の骨がらみでやんすね。タハハハ

 そんで人間中心主義から脱出するには、人間を自然から離れた特権的存在にするんではなくして、観察者から自然の内側に入って同じレベルの目線を持たねばなりません。そもそも細胞にしてからが色んな細胞内器官の総体にして、エネルギーの元たるミトコンドリアも元々は外部から入って来たものだし、あらゆる臓器は菌と共生してるし、分子レベルでは絶えず外界と入れ替わってるし、人間様なんつう独立したものではナインだすぅ。

 つうことで益虫とか害虫とか、役に立つとか立たないとか、いう狭~~い価値観から脱して、効率とか有益とかいう変な物差しも投げ捨てて、「ただ在るだけでいい、いるだけでいいんだい♪」つうまろやかな見方に立たないと、多くの生き物を道ずれにしてホロン部しかねーですぜィ。そこんとこよろしく!

 

 

 

10月26日(土)人間ボケてなんぼ?

 曇りときどき晴れ。13℃~24℃、62%。プールだん。ちゅかりた~~~っ!街ではハロウィーンの仮装をした子供たちを大勢見かけました。渋谷はどないでっしゃろ?

 

 ラグビー準決勝でニュージーランドvsイングランド戦を見た。やはし迫力がありますねィ。結果はイングランドがチームプレイで圧勝!イングランドラグビー発祥の地であるが、もともとユナイッテッド・キングダム(イングランドウェールズスコットランド、(北)アイルランド)の各地で、色んな形で行われていたフットボールが収束した内の一つとみることもできる(他の一つはサッカー?)。だから国でいえばエゲレス1国なのに4つも出てるんすね。決勝トーナメントに出れたのはフランスとジャパンを除けばみんなUKの王国とその旧植民地なんす。伝統には逆らえないのかっ!

 

 

 人間的な、あまりに人間的な:意味や目的で汚されない人生とは。

 偉人というのは天の上の人ではなくして、ごく普通の人間がある時期に偉業を達成したから偉いんでアール。けっして神格化してはなりません。例えば「純粋理性批判」などの著作でドイツ観念論の祖と仰がれるイマヌエル・カントは毎日規則正しい生活をして80歳まで(当時としては)長生きしましたが、その晩年はボケてしもてパンとチーズをむさぼり喰うだけで、親しい人の名を忘れ、アルファベッ卜も忘れ、自分の名さえ書けない惚け老人になってしまいました。生まれて、成長して、成熟し、肉体的にも精神的にも衰えて死む、という余りに人間的な最後ではないでしょうか。

 これは後世神格化された長生きの偉人、釈迦や孔子などなどにも共通する人生だと思います。だって人間としての宿命ってのからは、逃れられないんですから。だから人生はだんだん右肩上がりで成長していって、最後は精神的に高みに達するってのは1種のフィクションです。幼く未熟で、体力も精神もすべて充実して、老いて衰える、すべての「今ここ」を味わい尽くすのが人生だと、かように感じる今日この頃なんですぅ。どもども。

 

10月25日(金)普段は何気なく話しているが、奥深い!

 雨のち曇り。終日15℃前後と肌寒い。湿度97%。また集中豪雨で千葉方面に災害!台風からの湿った空気と寒冷前線が出会うところが、水道の蛇口開けっ放し状態になる模様。


 言語とは:
 
 ことばはまず音声にて発達し、次第に記号化されると。意味の担い方がイロエロあるから一筋縄ではいかんぜよ。言語経験が一つしかない者は、独善的になりやすい。すなわち自分の言語を話せない者は馬鹿も同然。バロバロと変な音声を発する者は野蛮人(バルバロイ)と見做されるが、ホントは見做している方がバカ同然の単純思考。言語はその境界領域にて意味を獲得するものであるから、異言語の習得は知性の幅を広げるんであーる。

 如こう而して普遍性とは何じゃらほい?多くの人々の共通認識なのか、はたまた神の領域か?「初めに言葉ありき」とのたもうた言語とは何語なのん?独善の領域を突破すれば、そこには無限の荒野広がれり。まず意味があって、それを担うものが言語であるとの認識は、ちと早合点。まずことばを発して、その後に意味がついてくるんであーる。「あーあー、うーうー」と言ってるうちに、そのずれの中から意味がわいてくるんであーる。

 そしてのべたんな絶対真理の普遍性の中から、内側から見た趣味の世界としての普遍性へと広がって行くんですぅ。多様性の中の普遍とは斯様なものなんだすぅ。

 でも母語ってのは、かなーりロバスト(頑強?)ですねィ。ボケて直近の記憶からだんだん無くなって、空間認識も地図認識も衰えて人の顔も分からなくなって、もちろん思考能力も無くなっても、最後まで残ってるのが母語を話す能力なんすよ。それくらい強く脳の中心部分に刷り込まれてるんすねぇ。知性とは言語なり!とゆわれるゆえんですぅ。ども。

10月24日(木)霜降(そうこう)、冬の兆しあり。計算業界に進展あり?

 曇りのち夜雨。17℃~21℃、67%。だんだん秋も深まり木々も色づいてきたが、ややくすみぎみ。

 

 

 計算ってなんだ?

 米グーグルが量子超越したという発表で業界がざわついてます。量子超越性とは従来のコンピュータではとてもできない計算を短時間でやってしまうことです。グーグルによれば従来のスパコンで1万年かかる乱数計算を3分ほどでやってしまうとか?

 もちろんライバルのIBMはこの発表にいちゃもん付けてまふ。この計算は従来型のコンピュータでもアルゴリズムを工夫すればできるから、量子超越ではなかんべえ、と。量子超越が起きて一番最初に影響を受けそうなのがビットコインなどの暗号通貨ですね。これは巨大な数の素因数分解の計算には膨大な時間が掛かることを以て、暗号の強度を保っているからです。量子コンピュータであっという間に素因数分解できてしまうと、暗号の意味がなくなります。

 量子コンピュータ量子ビットで計算します。量子ビットとは0と1が重なり合ったような状態で、53量子ビットあると2の53乗通りの計算がいっぺんにでけてしまうんです。でも量子状態を保つにはヘリウムなんかで超低温を保たねばならず、周りからのノイズを物凄く小さくしないと、量子状態はすぐに崩れてしまいます。だから53ビットもの量子状態を数分間保って一応計算結果が出たつうことは、一つの前進ではありまふ。

 すかす暗号つうのは防ぐのと破るのとの争いですから(矛盾?)、今ごろはまたどこかで新しい暗号方式を研究してるんでしょうね。なぬすろ、暗号つうのには国の興廃が掛かってマスカラ。ども。

 

 閑話休題:こないだ養老孟司先生がゆってたけど、脳に似せてAIを作ったんだが、実際は人間がAIに似てきてしもたんだって。考え方自体が計算人間化してきて、奥行きがなくなってるらすいどっ!きみもぼくも学校教育受けてる現代人は全員、気が付かない内に計算人間になってしもたんだすぅ。しかして、計算人間の特徴とは?こりはいずれまた。どもども。

10月23日(水)どーせ1度の人生ならば。

 快晴!12℃~25℃、48%。素晴らしい秋晴れで、真っ白な富士山がよく見えました。

久しぶりに日本橋方面に進出し、そば吉で月見そばを食べた後、みちゅこし、たかしまやで美術鑑賞。作家が控えててイロエロ説明してくれるからおもすろい♪

 

 決心してPCの再インストールを行う。手順をすっかり忘れているので、手探りで進めるも一応立ち上がる。アドレス帳が消えてしもたのが少し残念ですが、OUTLOOK一応復元す。IEはお気に入りの並びがバラバラに(いやちゃんとソートされた?)なってもうたから、自分のお気に入りに並べなおす。一応素晴らしく早くなったから、まっ、いいか♪

 

 夢かうつつか幻か?

 VR(ヴァーチャル・リアリティ)やAR(オーギュメンテッド・リアリティ)が精緻化してくると、モノホンとニセモノの区別が付けがたくなり、我らの現実感覚も揺さぶられます。

 現実の中に仮想をシームレスに接続する技術をARといって、AR眼鏡を掛けて実物を見ると実物がイロエロと変貌して感じれます。例えば、ソーメンの上にパスタを挿入すると、実際にパスタを食べてる感じがします。ご飯の上にカレーをかぶせると、カレー丼のようになるし、イメージのかば焼きを乗せるとうな丼を食べてるように感じるんだと。人間は舌と匂いと脳で味を感じていることが分かります。

 これは「知覚のリアリティに応じて価値体系や意味が変化する」ことを示唆します。アイデンティティが思い込みだとすれば、多重人格や催眠でのアイデンティティの変化も理解できます。自分が何者だと思うかで、パフォーマンスも変化します。人間は立場や役割であーる、つう極論もあります。自分を単一のアイデンティティに閉じ込めることは、生き方の幅を自ら狭めているのかも?カナ?

 

 

 

10月22日(火)即位礼の日

雨のち曇り。終日15℃前後と肌寒い、89%。北寄りの風やや強し。

雨の即位礼でしたが、式の最中に突然陽射しが出て、虹が架かった。ひょっとしたら徳ちゃんは、天気の子なのかな?吉兆なり!平和憲法を遵守する立派な象徴天皇になられるでしょう。皇后陛下もとても立派でした。万歳、万歳、万歳!