6月28日(金)気候に関して断言している者は、すべて偽者といってもイイでしょう。

 終日雨ときどき強雨!23.8℃~20.0℃、97%。6000歩。昼間の気温は22℃前後と低め安定。

 都の新型コロナ定点把握:25週の1医療機関当たりの平均感染者数は4.48人(+1.05)と第11波の伸びは少し鈍ったのかな?

 

 物を知るものほど断言は避けるとは:「無知の知」とは未知を断言しないことかな?

 免許更新でいっつも言われるのは、「だろう」運転はダメダメで、「かもしれない」運転はグーというやつですね。物陰から人が飛び出さない「だろう」はリスクが多く、物陰から人が飛び出す「かもしれない」の方が予め準備できるから事故を避け得るんだと。

 だがすかす、日常生活において「だろう」などと断言的に決めつけると、思わぬ災難に遭うこともありまふ。「あの人は信用できるだろう」と思てたら、裏ではしっかり裏切られてたとか、「明日ははれるだろう」とか予報されて傘を持ってかなかったら、ずぶ濡れになったとか。

 要するに、ばやい場合において使い分けなくてはならないんだすぅ。世の中一つの指針がすべてに当て嵌まると言ふほど、シムプルではあーりまへん。

 特に社会現象や人間行動学、はたまた気候変動などの複雑系は文字通りヒジョーに複雑な要因が絡みますから、シンプルな原理に還元でけナインすよ。そもそもシミュレーション自体が大自然を単純化したモデルですからね。パラメーターも恣意的に選んで現在の現実に合うように調整したもので、ずっと先を予測するなんてムリムダムラなんすね。

 ですからせいぜい言えたとしても、「・・・かもしれない」くらいで、とても「・・・だろう」などと断言することなど出来ません。直後の事象なら「明日は晴れるでしょう」くらいは言えますが、それでも時々外れまふ。ましてや10年後、100年後の気候など当たる確率は極めて低いでしょう。

 つうわけで、将来の気候変動に対して断言している輩は、思い込みが極めて激しいか、あるいは恣意的にポジショントークしていると考えたほーがエエですねィ。ん?なんですと?「ちみの方が思い込みが強い”かもしれない”」ですとっ!・・・うーむ。ゆわれてみれば、その考えは当たっている”だろう”。テヘヘ