7月4日(月)吾輩とは。

 概ね曇り時折弱雨ぽつぽつ、夕方少し日差し。24.4℃~28.5℃、76%。2200歩。普通の夏日まで気温は下がったが、湿度が高くて蒸し暑い。

 今日のCOVID状況:都の新規感染者数は2772人で前週より83%の増加、重症者は17人、死亡1人でした。増加率が増大したような希ガスる。ゾワゾワ

 

 吾輩は猫である

 と猫は言いません。自己認知力がありませんから。自己認知がある動物はミラーテストというのに受からねばなりません。自分では見えないところに赤いマークをつけて、鏡を見せその赤いマークを気にしたら鏡に映っているのが自分だと認識している証拠だっちゅうテストですね。今のところカササギなどの鳥類の一部と象やイルカを含む哺乳類の一部しかこのテストをパスしていません。ぬこちんは鏡に映っている自分に唸ったりします。

 植物は自他の区別は無いように見えます。もともと地下茎で繋がっているようなのは、一つの生命体ですからね。でも、水や光を奪い合って闘っているのは確かですから、自分を広くとれば無意識の自己認識があるのかも知れませんね?生物に自分(吾輩?)が出来たのは自己保存のためです。自己保存をしない単なるブッシツには自己(私?)はありません。

 ですから細胞膜を作って内と外を区別し、自己保存と自己複製をするようになった生物は全て自分持っていると言えるでしょう。人間はこれが高度化したものだから、もちろん自己認識があります。でも、これは脳が作ったもので、脳内の自己認識の中枢が毀れると自分が溶け出して水のように感じると言います。

 「唯脳論」の養老さんに言わせると、自分とは地図上のカーソルのようなもので、地図とカーソルの両方が脳内にあるという。地図とは身体性のことで、これは自分の範囲を規定する。自分の内部は綺麗で外は汚いと、唾の例で説明している。これは結構根源的な感覚で、臨死体験をしたしみそうな人が霊体離脱するのは、地図(身体感覚)とカーソル(自己意識)が分離したためだと説明する。

 いずれにしろ、自分とはカーソルだと考えればあんまし執着する気にもなれませんねぇ。ハイハイ