1月25日(月)水沢腹堅。初天神。組織論でいうのも何ですが。

 スジ雲の高い晴れ♪3.8℃~13.2℃、44%。7700歩。気温は二けたにV字回復♪湾岸を歩いたら少し汗ばむ。スズガモの一団を視認す。今年の冬は暖冬の予測。

 

 無能レベルとは:

 組織論において、人は昇進を重ね無能レベルに達して止まる。すなわちすべてのレベルにおいて無能者が満ちている、つうのを聞いたことがありまふ。組織のある階層において有能なら上のレベルに昇進する、それを続けてあるレベルに達するとそのレベルの仕事に対しては無能になる。すると昇進しないから、すべてのレベルは無能者で満たされる。つうようなものだったかな?ちょっつググったらピーターの法則というのがヒットした。

 cf.「ピーターの法則(ピーターのほうそく、Peter Principle)とは組織構成員の労働に関する社会学法則

  1. 能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平(ひら)構成員は、無能な中間管理職になる。
  2. 時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着く。また、有能な平構成員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能な人間で埋め尽くされる。
  3. その組織の仕事は、まだ出世の余地のある人間によって遂行される。 」   

 

 つうことで、組織の実質的な仕事は、あるレベルで有能ではあるが昇進していない不満層により推進されることになるんだと。こじ付けの様でもあるが一理あるようにも感じまふ。アリリ

 あるレベルで優秀なものが、上のレベルでも優秀だとは限らない。仕事の質が違うからだ。名選手必ずしも名監督にあらず、つうようなものかな?だから能力主義よりかランダムに昇進させた方が組織全体のアウトプットが向上する、ってなご意見もあるにはありまふ。ランダムぢゃなくって、門地家柄で地位が決まっていた封建時代の価値観にも、それなりの意味を見出す御仁もおじゃる。全員無能レベルに達するよりか、良さげだからです。

 つーよーなことを、明らかに無能レベルに達したガースーさんを見ていて考えますただ。官房長官ではパワハラじじいでも、手堅いとか言われてやっていけるが、一歩上に上がると下からの情報がよいしょだけに制限されて裸の王様の無能レベルに達すると。やはし叩き上げでのし上がってきた人よりか、門地家柄の3世議員の方が有能レベルに留まれるのかな?でもこっちもランダムに選んだよりか悪いような気がする今日この頃。テヘヘ