6月4日(火)虫の日、むしむし。

 薄い雲の掛かった晴れ。18℃~28℃、55%。湿気が高く蒸し暑い1日。

 虫の日記念で鎌倉まで遠出し、養老さんの虫供養に参加する予定だったが、微熱と咳が収まらず断念す。ザンネン 咳のし過ぎで横隔膜が筋肉痛!

 

 すべてが白日の下に晒されたら:

 人の本音が見えたら世界から嘘が一掃されて、ずいぶんと生きやすくなるのだろうか?でも、人の心がみんな丸見えになったら、却って苦しいんじゃないかな?「秘すれば花なり秘せずは花なるべからず」って世阿弥のことばもあるしね。

 この世界の秘密がすべて顕わになったら、科学者も思想家もいらないし、平板な世界の広がりしかありません。こんな世界に住みたいなんて、だーれも思わないでしょう。つうことで、人間世界のどんな努力も、結局はシジフォスの神話に他なりません。一生懸命に岩を高い山に運び上げても、それはまた麓まで転がり落ちると。

 人生のすべての行動は、突き詰めれば詰まらないことかも知れません。いかに上手くボールを蹴るとか、いかに遠くまでボールを飛ばすとか。でも、その過程のなかにこそ、人生の充実があると。赤ちゃんがはいはいできて、立てるようになり、歩けるようになり、最後は速く走れるようになると。その時々の達成で自分の行為は祝福され、完結します。意味とか目的ってのはナインですぅ。

 でもってネットのテキスト社会では、直接顔が見えないから慎みがなくなり、本音が飛び交い、共感や敵意が丸出しになる環境だから、クラスターができやすくなり分断化が加速されるんだと。相互承認による快感と論破の敵意がエスカレートして、世界は分裂します。でわ、どーすればエエのんか?そりは「秘してこそ華」の奥義を会得するしかありますまいて。ウフフフ