10月27日(木)ダーウィンからニーチェまで(短考)

 こんにちは。秋晴れ。18℃前後と気温は低いが風がない
ので過ごしやすい。富士山が薄っすらと見えた。お台場方面
でひとっ風呂浴びてきた。つっつき魚もまた楽しからずや。















 そう言えば2年前の2009年はダーウインの「種の起源
発行から150年、ダーウィン生誕200年ということで色ん
な行事があったなあ。19世紀後半に進化論が与えたショック
は巨大なものでありました。何しろ全ての生物は神が創造した
というキリスト教社会の根幹を揺さぶる議論を巻き起こし、そ
れが全世界に広がっていきました。ファーブルやマルクスだけ
ではなく19世紀後半から20世紀前半の全ての知識人に影響
を与えたと言っても過言ではないでせう。















 我らがニーチェもその一人です。人間を猿から超人への進化
途上にある未確定動物と位置づけ、どのような超人になるのか
は我々次第であーる!とのたもうた。彼自身の超人観は定かで
なかれども、畜群(主体性なく周りに同調し能動的に動けない
民衆)を脱して自己超克、自己創造し主体的・能動的に生きれ
る人を目指そうとしてますた。ポピュリズムを卒業して自分の
頭で考えよう♪(ちきりん)かな?しかしまだ幼い進化論理解
ですから、人間以外の動物は進化が確定しており、人間だけが
途上であーるとおもてたみたいどす。(勿論、全ての生物は皆
進化途上にあり確定しているものなど何処にもいないのは言う
までもあーりまへん。)


















 そしてツァラトゥストラゾロアスター?)に「生は運命で
ある。」と語らせ、運命への同化を促した。人生の段階を忍耐、
戦闘、同化の三つとし、それを象徴する動物を駱駝、獅子、幼
児とした。幼児は遊戯をこととし何物にもとらわれず何処でも
何時でも誰とでも溶け込める真に自由な存在としたのであーる。
この辺は西田にも影響を与えているな。たぶん。


















 生には目的・意味・価値などがない中立の状態であり、それ
を以って生を否定するのは「弱さ」である。「強さ」とは斯か
る生の常態を把握した上で、なおかつ生まれ成長し成熟し衰退
しを繰り返す生の無垢を肯定できることである。この繰り返し
を「永劫回帰」という歴史観で捉えた。仏教の輪廻に相通じる
ものがある。生自体には善悪も害益もないわな、つう認識から
果たしてどのような倫理が生まれるのでせうかっ!それは生命
力の謳歌と運命の甘受に繋がるのれす。
















 え〜と、ニヒリズムを肯定的にとらえてるとこは西田の絶対
無にかなーり影響を与えてるんぢゃないかと僕には思えますの
だ。ドモドモ