11月30日(火)共同体を人体内部に見立てたアナロジーとは


 こんにちは。朝は快晴。富士山が真っ白。午後から雲が次第
に多くなる。貼り絵をやろうとおもて色取りどりの落葉を拾っ
てきた。ゴッホッホのもしゃもしゃをしてやろうかな?










 純なもの正なもののすぐそばに汚濁や邪悪が潜むっつうのは
それらから敢えて眼を逸らさなければ大抵の人は気が付くよね。


純粋:他は全て汚れと見て駆除する。
正義:他は全て不正とみて攻撃する。
人権:これを言い募るものがこれ蔑ろにしている。


美は違うだろう?とおもても美のすぐ近くに醜や穢いものがあ
るような気もする。また泥田のハスの花とか、逆のケースも。
人の認識主観が関わるものは全て相対的だという感触はつおい
ですねぇ。こうなるとホントに生き辛いです。腰が引けちゃう
からな。全てに於いてね。美しい日本とかアーリア人種の純潔
とか言ってると他のものを排除しちゃうから。恐いですぅ。
人権の尊重と言ってる欧州では移民やジプシーの人権は紙のよう
に薄い。米国の貧者はハリケーンが来ても見殺しにされるし、
病気になっても医者にも掛かれない。自己責任ですからね。









 だから自己を守るため、純粋なものを守るための社会免疫は
異質なものを取り込めず、外部に対してバリアを作り、外部を
攻撃し、入り込んだ異物はこれを排除する。このような免疫疾
患から逃れうる唯一の道は、脱人格、非人格の否人称化を図る
しかねえのれすよ。さすれば異質な者同士が同じ社会で多様性
を保持しつつ共存でけるのだす。これホント。(ロベルト・エ
スポジトの脱免疫化共同体論より)












 「西洋の近代化は自己免疫化の推進(主権や代表制、自由や
私的所有など個人や国家を外部から守り、内部の葛藤を中和
する働き)として捉え、それが行き杉て免疫疾患(内部での
不安や恐怖の増大と共同体の内破)を引き起こした。」という
アナロジーとしては分かるんだけど、免疫解除したらもっと
悪い病気に罹りそうなキモス。今若者が暴れてるイタリアから
のあたらすい思潮の動きをレポートしますた。ヘッ














 時おり、日本の若者はどーした!とか羊から植物になって
しまった現状を憂う。でも、わたしは植物が必ずしも嫌いで
わ無い。植物は動けないだけに想像以上の環境適応性と自己
防衛機能を持ってるだす。それを鑑みるに動物は単なるパラ
サイトの地位に甘んじるしかあーりまへん。プッ













 しかし、パラサイトが威張っているという構図も、よく見ら
れる風景でやんすねぇ。











プ