5月10日(金)報道と同一基準。

 うす~い雲の多い晴れ!14℃~27℃、23%。なちゅびですぅ。

 

報道とは:

 同じような事件の報道が続いてて、「なぜなんだあ?」と疑問に思てても、後で統計を調べるとそんなに多くはなかったってなケースが多いです。こりは全国から集まってくる取材情報をフィルタリングしてる部署があって、そこで情報が操作されてるからなんですぅ。最近でいうと「交通事故」なんかがそーですね。麻薬とか少年犯罪の報道が急に増えることもあります。でわ、何のため?ま、イロエロあるとは思いますが、読者・視聴者の興味が高まってるのに便乗したいのかな?タハハ

 

個性と同化圧力とは:

 個性とはそれぞれの個体が異なる特質を持ってることなんすよ。そしてそれを尊重するってこたー、それらを認めることなんすね。でも、個性には良いのと悪いのがあるから、ある程度選別するんは止むを得ない、という意見があります。すかすですな、良い/悪いという判断は各人の価値観に依存する極めて恣意的なものですから、概ね世間とか政権に回収されちまいます。それで、いつの間にか世間に過剰適応して、みんな同じ服を着たりするようになるんです。悲しいことに、その制約の中で個性を出そうとしたりする傾向も出てきます。制服のような就活服の中でほんの少しの差をつけるとか。これは確かに昔からありました。中学生が制服の上のボタンを外すとか、女子高生がスカートの丈を増減するとか。いじましいですねぇ。

 今世紀に入ってから、このような世間の同化圧力に対する過剰適応が進んでいる気がします。異論を排撃する、変人を攻撃する、ミスした人を嵩にかかって叩きまくる、更にガッコに行かない子やその親を非難する、などなど枚挙に暇がありません。そして、このような風潮に同化した人は、未だに同化してない人をルサンチマンから攻撃するんですね。このようにして社会全体が同一基準でGO!となってしまうんす。でわ、どうしたらそのような集団催眠が解けるのでせうか?過去の経験に鑑みるに、戦争でボロクソに負けるか、社会が毀れるほどの外圧が掛かるかしかありません。ホントはもうちょっと自主的な解決案もあるような気がしますね。でも、いくら俊英が多くても、問題そのものを認識しなければ、問題は永遠に放置されます。(「玉虫の無知の知」より)・・・この項続くかも。