11月26日(土)だんだん気温が下がる時期には、思考もうら悲しく飛び交う。

 晴れのち曇り。4℃〜12℃、72%。 秋の日の ヰ゛オロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。





 個人と公共の関係についての、はかない考察:

 ヘッケルの個体の系統反復説(個体が受精卵から成体に至る過程は、進化の系統を反復しているとする説)を、精神の世界で展開したのがヘーゲルです。即ち個人の精神史は、より大きな共同体の精神に回収されると。いわゆる一つの精神的な進歩史観ですね。個々人の営みと共同体の精神は、排他・対立するものではなく、個々人の共同の行為を通して普遍的共同性が実現されていくんであーる、と主張する。

 そしてギリシャ悲劇を介して、人倫的実体を解説する。「人倫」は普遍と個との二つの掟によって均衡を保つとした。人間の掟と自然の掟である。人間の掟は、公共世界を規定する人為的な法則であり(古代ギリシャでは主に男性の自由市民が担った)、自然の掟は、家族という血縁的なものによって成立する私的な領域を規定する法則である(古代ギリシャでは主に女性が担う神々の掟、誕生と死はこっちに属する)。ま、日本で言へば、差し詰め「忠」と「孝」なのかな?そして、この調和均衡の乱れが社会の混乱や悲劇を招くとしたのだす。

 ま、ヘッケルやヘーゲルはいささか古いと思召す方々が多いとは思われまするが、これは現代社会においても大きな課題なのですぅ。個と公の対立や偏りが、社会混乱を引き起こすのは歴史の示すところ。個人主義が行き過ぎると自分や家族だけの権利を主張するモンスターが現われるし、公共が行き過ぎると全体主義が蔓延(はびこ)り個人の生活を毀損すると。すかす、このバランスを計る秤(はかり)が、各人によって微妙に異なるところが、また混乱の原因になったりして、要するに自己回帰する永劫はグルグル回って、踊り続けるしかないんだすぅ。アハハハ どもども。・・・いや諸君も、例えば宗教的な仮想が例示する、まったりとした永遠の理想郷に棲みたいと思いますか?そんなん直ぐに飽きてしまって、また喧騒と混乱の巷に戻りたくなるに決まってるじゃん!・・・だから、問題は永遠に解決されんように、でけとるんだすぅ〜。どもども。








 かなり主観的な経験的事実:

 人をヨイショばっかししている人は、上辺だけで心が無いような気がして嫌ですねぇ。一方、他人の悪口ばっかし言ってる人もあまり好きではないです。褒めてばっかし、貶してばっかし、はバランスを欠いていると思えるからです。でもね、このバランスが実は極めて難しいのも事実です。例えば、移民や難民の悪口ばっかしゆってるトランプさんを見ていると、自然にトランプさんの悪口ばっかしゆうようになってしまうんす。これが「人を呪えば穴二つ」っつうことですね。すかす、「沈黙や無関心はナチスの肥やし」つうこともあるから、悪口を言わないのも腹ふくるるわざなり。やっぱし、嫌われてもエエから、言うべき時にはゆわにゃあかんですたい!どもども。