1月8日(日)複雑性とは、単純にものごとを分かった積りにならないことであーる!考えるな、感じろ?

 
 曇り、のち雨。2℃〜7℃、78%。一段とさぶし!とうとうエアコンを点ける。


 世界の原理は:果たして複雑なのか、単純なのか?

 自然科学は複雑な世界をシンプルな原理で理解しようとします。一方、人文学(特に哲学や文学など)は複雑な世界を複雑なまま理解しようと試みます。単純に割り切る人は主張する。しかし、複雑な世界をそのまま受け入れる人は主張しません。ただ黙々と記述(あるいは表現)するのみです。「この世界の片隅に」は、昭和10年代の呉の姿を詳細に表現していますが、声高な反戦思想よりも強くこころを掴みます。片淵さんは、何年もかけて詳細に当時の生活をロケハンしてるんだ。そーいえば、まるで学者のような風貌だったなぁ。ソーダくんの「牡蠣工場」も、同じようなかほりがしていました♪ど、ども。




 数学の実在論とは:イロエロな考え方。

 「そもそも数学とは、もともとこの世界に実在しているものを発見することなんであーる。」という考え方があります。だから人間は、(すでに前から世界に存在していた)定理とか方程式とかを発見し、後付けで積み上げ型の証明をすると。一方、「数学とは建築物のように、人間が数覺や数式や記号を素材として組み立てる創造物なんであーる!」という仮象論もあります。既に在ったのか、創り上げたのか?この考え方は芸術にもあって、名工の中には木や石で彫刻するときに、「既に中にあったものを掘り出すだけだっ!」と言う人もおります。また木や石は単なる素材で、それを使って創造したとも言えるでしょう。どちらとも言えませんが、なんか実在論の方がカッコいいですよね?




 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言へり」とは:

 最近の風潮を見るに、陛下やヤクザはまるで人で無いかの如し!すなわち万人が共有するという、人としての権利が、全くないんであーる!・・・つまり、ごく普通の市井で暮らす人々の上(陛下)には人権を作らず、人の下と見做した者(ヤクザ?)にも人としての権利を与えないと。果たして諭吉くんは、百年後のこの状態をどのように見ているのであろうか?ハァ〜