1月10日(日)無恥と無知とでむっちムチ

 今日も快晴。3℃〜12℃、41%。空気澄明にして遠方まで良く見えます。高空に浮かんでいるジェット機が手を伸ばせば取れそうですぅ♪今日で水泳継続7日目。1キロ痩せた。






 はんずるかすいとは:

 生物の感情の起源を尋ねれば、それぞれに難しいものがありまする。怒りや恐怖はそれなりに分かります。笑いや憐憫はちょっと高度かな?なかでも難しいのは恥ずかしいって感情かな?これはかなーり高度で前頭連合野が取り仕切ってるらしいのだ。だから文化的に、恥ずかしさってのはすっげー違いがありますのや。特に性的な起源が大きいとかゆわれていまふ。恥ずかしいから隠すんではなくして、隠すからはんずるかすいんだと。日本でも昔のおっぱいは赤ちゃんのもので、人前で授乳しててもちっとも恥ずかしくなかった。それが西洋のピューリタニズムが入って来て、乳房を性的なものに変容し隠すようになってから、ホントに恥ずかしくなったんだすぅ。あろうことか、昔はご神体と崇められておった男女の性器が「猥褻物」とまで貶められたのは偏に西欧文化のせいなんですぅ。

 起源は性的なものだとしても、それ以外の社会生活に恥の概念は進出し、してはならんこと、すると人の迷惑になることは恥として定着してきますただ。恥知らずとか無恥な輩は軽蔑の対象となりまひた。戦後一時は、恥とは外的規範で、世間の目とかを気にする上滑りなものであると貶されましたが、じつは内的良心に密着した倫理規範であったのですぅ。勝海舟の「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。」がこのことを良く表している。しかしそれにしても最近は、自らの誇りを捨てた無恥な輩が増えたものよのう。これぢゃ「菊と刀」そのまんまぢゃん。タハハハ  恥については今後も考察すべきこと多し。