9月23日(月)秋分の日に明治をおもほゆ

 ほとんど曇りといっても言い過ぎではない晴れ。20℃〜24℃と涼しい。彼岸の中日。臥待月。今日からだんだん夜が長くなるとか。  我、本日両国方面に進出せり。戦況芳しからず。






 「貧すれば鈍す」とか嫌な諺がありまふが、幕末から明治に掛けて来日したゲージンの記すところに由れば、その頃の日本人は「貧すれど困にあらず。貧すれど乏にあらず。」と活写しています。それと自然に溶け込んだシンプルかつ雅趣溢れる生活。

 そこにほれ込んだ雇われ外人教授モースが申すには「生活そのものが芸術だぁ!」と。そのモースが収集した130年前の日本の生活用品、写真、絵画、貝塚出土品などを一挙に展示したのが今回の「明治のココロ:モースが見た庶民のくらし」展ですぅ。お相撲やってるすぐ横です。

 そんなに広くない展示場をたっぷりジックリ2時間掛けて見回りました。う〜ん、泣けてきたっ。涙がにじんだっ♪子供や老人がみんな本心からのすごく楽しそうな笑顔なんすよ。貧しいけれど屈託がない。貧しいけれど受験戦争も苛めも、孤老も孤独死もない。貧しいけれど川は綺麗で、森や花々が美しい。百万都市江戸の市中でも自然は豊富。ちと郊外に足を伸ばせば、そこはもう天国と言っても良いほどの人と自然の調和した村々。


 西洋文明に汚染された漏れたち未来人(その頃からみてのね)は既に限界点を超えちまってるから、もうその頃のような(こころ)豊かな社会には戻れません。せめて昔の史料でその頃をしのぶのみ。過去を懐かしみ未来を憧憬するのは、現在にいたたまれない故なのか?ハイハイ




 「言の葉に嘘の混じらない人々と暮らすのは、なんと清々しいことだろう!」(エドワード・シルベスター・モース)







 ニンテンドーゲームウオッチ

 そー言へば時代は来たりて過ぎ去ったなぁ。家庭教師をやってた頃、教え子がが白黒の小さな画面でピコピコ動くゲームをやってた。「ちょっとやらしてミロ」と取り上げてやってみたら、これが極めて難すいんだすぅ。段階的に技能クラスが上がるんですが、最後まで行ったことがなーいっ!たかが親指2本のゲームなのに、これがなんとすんごく運動神経に負荷を掛けるんですぅ。花札のコイコイやオイッチョカブで世話になった任天堂ニンテンドーに化けた瞬間から付き合いがありますた。ありがとうごぜーますだ。ナムナム