6月17日(金)頭の中で何を考えたって、それは自由なのじゃああ!あっそ

 こんにちは。終日、小ぬか雨じとじと。夕刻に雨あがる。
ちと涼しい。4月下旬の気候だとか。




 かびかびかかか、かびかかか、み、みずまわりにかびがが。
















 え〜と、今日はあんまし書くことがない。それに眠い眠杉。
ハックルくんかわうそ。人に媚び諂えないから若年よりえら
く苦労したそーだ。親にも怒られたりして。その時の唯一の
指針は「真摯」つうこと。これだけは貫き通した。それで彼
ドラッカーに巡り合って泣いたと。自分の生き方を肯定さ
れて泣いたと。その感動が本になって売れたのは単にセレンディ
ピティだけではないのですぅ。
















 人は言語を媒介として考えることができます。しかしそこ
にはイロエロな思い込みが入り込みます。数式も一つの数学
的な言語です。科学者や技術者は数式によって考えます。そ
れは純粋に論理的な抽象物だけに、先入見や思い込みが入り
難いです。それゆえ数式は良く事実を正確に記述するだけで
はなく、未来を予想できるのです。その姿が常識(先入見)
と全く異なった世界像であっても。
















 例えば波動関数による「波動方程式」は素粒子など物質の
振る舞いを記述します。シュレディンガー方程式、クライン
ゴルドン方程式、ディラック方程式などがありまふが、素
粒子を波としてまた粒子として記述します。陽子や中性子
はたまた電子や光子などは放射線であり波の性質と粒子の性
質を併せ持ちます。とても常識には会いません。でもこの方
程式によって動作が記述でき予想できるのです。















 またこの世界は常識的には3次元空間と時間を合わせて、
4次元で記述できますが、数学的には何次元でも可能です。
何十年もその道一筋に多次元トポロジーを考えてきた位相幾何
学者は、現実空間を多次元として実感できるのだそうです。
認識の転化。一切唯心造の典型ですねぇ。















 このような数学的世界観以外にも、ある筋道によって世
界はいくらでも記述できます。唯物論でも唯心論でも、イロ
エロな宗教観でも進歩史観でも皇国史観でも、経済的な見地
でも進化論でもフロイト主義でも市場主義でもエネルギーに
基ついても、善意によっても性悪によっても、なんでもかん
でも論旨さえ一貫していればその世界を構成でけるのですよ。
そういう意味では世界は思惟できる主体(人間?)の数だけ
あるといえます。多元世界観。ふむ。政局的世界観や軍事的
地政学的世界観もあるな。問題は相対化して拡張したこれ
ら多元世界に普遍的なアンド(合接)がとれるのか?っつう
とこですねえ。かな〜り無理っぽいです。











 あ、水戸黄門の世界や新撰組の世界、歌舞伎の世界、など
もあるな。みんなある決まったお約束で動いてるでしょ?
印籠とか士道とか型とか。だから科学的な世界の理解だって
それらの一つかも知れんですねえ。プ














 おお、なんだか夢うつつでおかしくなってきたぞよ。では
布団に移動しようかな。もやすみなっさりまーせ♪













 ドスン