こんにちは。猛暑猛暑。京都では39.9℃まで気温が
上昇したとか。これは風呂でもあつい部類ではないかいな?
依存学推進協議会つうのが新聞に出てた。依存と熱中を
脳科学を中心に社会学、心理学など学際的に捉えようという
試み。何かに熱中してその道を極めるっつう良い面と、呑む
打つ、買うに嵌って身を持ち崩す依存症との微妙な違いを
解明して、良い点は伸ばし悪い点は矯正するという、まこと
に功利的な目的が垣間見える。京都学派を中心に進めるっつ
うから、熱中症が心配ですねえ。異常高温!
ちなみに賭け事っていうのは社会悪ではなくって、人間の
生活には必要な事だがその運用には管理を要するって範疇な
のれす。だから競馬、競輪、競艇、宝くじ、パチンコなどは
取り締まりなし。しかし賭け麻雀や賭けゴルフには管理不十
分ってことで時々お縄に付く者共が現れるっつうところは法
適用の恣意性が感じられまする。金額の歯止めなどを設けて
余りにも正義が行き過ぎないような配慮も必要でせう。
自由と規制も難しい問題を含んでいますね。自由は競争を
活性化させて人々のやる気を盛り上げ経済を効率化させ成長
を促がします。が、が、野放図な競争に任せ杉るとズルした
者の独壇場になりかねません。規制(ルール)を無くした
り、規制(ルール)を守らない者を放置したりしていると、
良貨が悪貨に駆逐されてしまいます。粗悪品を高く売ったり、
偽ブランドで騙したり、労働基準を守らずに酷使したり、産
地、材質、材料を偽ったり、あらゆるズルが蔓延って、世の
中はルールを守らないスポーツ以上の惨状を呈するでしょう。
逆に規制し杉ても、活性を殺ぐと。だから、こういう議論は
バランス(程度問題?)ということになり、各人の生い立ち、
信条、経験、気質など様々な事柄によって影響され、水掛け
論に陥るのです。つまり絶対善はない!と。たはは、相対化
の地獄ぢゃん、これでわ。
脳の感覚処理の80%は視覚であり、聴覚はたった4%に過
ぎないとか。(どうやって見積もったのかは検証してませんが。)
その入力の王者、視力は人間が生きやすいようにとの配慮で輪郭
強調の機能が生まれつき備わっています。これは網膜自身の機能
と網膜から脳への神経回路の機能と脳内での視覚情報処理の機
能と3重に輪郭強化されており、非常につおいものです。
だからどんなに僅かな色度差でもその境目の輪郭を認識すること
ができます。逆にその輪郭線を隠すと、もうその色度差を認識す
ることはできません。すなわち本当にリアルな世界(我々には
決して認識できませんが)はもっとずっと滲んだ世界なのれすね。
写真であれ絵画であれ、我々が見ている世界は我々が生きやすい
ように脳が作り出している世界なのれすう。(まだ見ぬ滲んだ世
界を想像して記すなり。)
視覚だけが特殊だということは多分ないから、他の感覚(聴覚、
嗅覚、味覚、触覚)も脳が強調したり作り出したりしているのは
当然ありえマース。イリュージョン・フォーラム参照。
http://www.brl.ntt.co.jp/IllusionForum/index.html
これらの錯覚は人間の認識能力の不正確性つうよりも、人間が
よりよく環境に適応しようって過程で生み出されたものれすから、
まったくのデタラメというよりかは、合目的的であるといへるで
せう。でも、「そんなん嫌だい!ぼくは真実が見たいんだい。」
という我が侭な坊ちゃん嬢ちゃんも多いのでしょうねぇ。プ