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脳の可塑性とは:
錯視・錯覚ってのは非常に見えやすく文化・経験の差を露わにしますが、我々の生活の大部分はそんなものの積み重ねでできているんではあるまいか?そーでなけりゃ、これだけ多種多様な意見の中で自分だけが正しいなんて思うわけがないよね?即ち、脳の結線をもたらす経験は、各個人に異なる脳内ネットワーク構造を創るので、考え方そのものも多様なんであーる!これはいかんともし難い事実ではあるが、脳の可塑性(柔軟に作り変えることができる性質)により、気が付いた時点で修正でけるんだすぅ。(臨界期というのが存在することもありますが。)
ミュラー錯視がなんでアフリカのズルー族に生じないのかっつうと、丸い家に住んでいて現代の都会のような直角の構造が無い為らしいのだ。直角構造の角が矢印のように見えて錯視を引き起こすと。これはまるで縦じま環境で育てられた子猫は横縞を認識できないのと同じようですね?子猫に関しては片目を覆い隠して育てた実験もあります。その猫は覆いを外してもその片目は見えないんだそうです。ものを見ないから、視神経の結線が育たなかった所為ですね。
脳のこのような構造・作用機序から次のことが分かります。つまり感覚以外でも、ものを知らない、考えない環境下(文化や生活態度、経験など)で育つと、かなーり偏った認識しかできなくなる懼れありと。本を読んだり、芸術に親しんだり、異郷に旅したり、今までやって見なかったことに挑戦してみたり、・・・ということの重要性を改めて認識しました。どもども。
人間とは生まれてから造られる生き物である。しかも、人間とは思い込みの動物である。しかし、生涯変わり続けることもできると!どやろか?
そうそう、音の研究に於いて、協和音/不協和音の文化的違い以外に、楽しい音/悲しい音(長調/短調?)や始めの音程、終わりの音程などにも文化差があるのかも面白い課題である。この分野は未だ未開拓なので、研究課題は山ほどあるんだすぅ。ジャン