10月1日(月)曇りときどき霧雨、肌寒し、って未だにクールビズな俺

ほうほうほうほう、今日は法の日らしいよと、こんばんは。



遵法精神の高揚にはなんと言っても、法の公正かつ厳格な適用であろうよ。
出鱈目な判決で、しかもこれを誰も守らなけりゃ、法になんか従わんがな。
ひろゆきに関しては、下らん判決を取り下げるか強制執行するかどちらか
だろ。しかし肝がふてえ奴だな。俺なんざ50マソ円払えなんて判決が
出ただけでもビビルぜ。かれこれ3〜4億円も課徴金が溜まってるそうや。



しかし、ほうほう言いながら法を無視したジジイ宰相もいたな。ソラマメ
のおやじ。死刑囚を逃がした超法規的措置も当時の世間では受け入れられ
たのだろうか?いまなら、テロとの戦いをなんと見るとか有志連合に非難
されてるかもね。どこか宇宙の彼方で、死刑について米つけたが、お見事
にスルーされておるな。ま、こんなもんだろ。しかし、命は地球どころか
羽毛にも比されようかという位にミャンマーでは衝撃映像。ネット規制
SARSの頃の北京とよく似ているぞお。ペンは銃より強くないかも。ヤダヨ




話は突如飛びまして、ワシ最近、西洋カブレにも秋田ので「老子」の
入門書を齧っているのよ。

道の道とすべきは常の道にあらず。
名の名とすべきは常の名にあらず。
名無し、天地の始めには。名有り、万物の母には。
故に常に無欲にして以って其の妙を観、
常に有欲にして以って其の徼を観る。


              老子道徳経

(真実の道といわれるようなものは、恒常普遍の道ではない。
真実の名前といわれるようなものは、恒常普遍の名前ではない。
天地の始まる以前には、どのような名前もまだ存在していなかった。
天地が分かれて諸物生じ、これを区別する為に始めて名前ができた。

ですから、常に無欲である人は天地が分れる以前の形而上の世界を見、
有欲な人はこの世に現れた有限な形而下の世界を見ます。)





と、ここまでですが、「名無しさん」のほうが「名有りさん」よりも
高級そうなとこまで読んで疲れた。最後は「無為自然の思想」にまで
つながるらしいから、如何にも俺に適してそうで楽しみだ。
あと柔弱は堅強に勝るとして「水」をそのシンボルにしているようだ。
柔弱で水がすきな俺に適した思想ではあるまいか。では、おやすみなさい。