天敵

あるとき荒崎で小振りの蟹を取ってきた。ここは良く行くとこで、例のしまイサキの稚魚とかもここで取ったし、大きくしてからここで放流した。この蟹は当初、サザエの殻に収まって、”海水魚の餌”(こういうのを売ってるんだ)を撒くと住処からつつっと出てきて上品にそれを食ってた。

ある日、深夜まで飲んでてタクシーで帰って来たことがある。「水槽の諸君はげんきかな〜」なんて酔眼でのぞいたら、なんと驚いたことに上品な蟹野郎が狼に変身してやがった。おれがとっても大事にしていたヤドカリ軍団を狩っていたのです。
蟹はまるで石になったようにじーっと動かない。それでヤドカリが油断して少しでも自分の殻から顔を出すと、矢のような速さでさーっと寄って行って、一気にハサミでヤドカリをつまみ出す。そしておもむろに尻からヤドカリをガリガリと貪り食う。残るのは頭だけ。まるで鬼のような形相だ。

でも俺は「水槽内に関して」は無干渉主義だから、はらわた煮えくり返ったがそのまま放置していた。ふと気が付いたらこの蟹が朝から晩までサザエからでて動かない。とうとう往生したかと思って、摘み上げたらなんと!抜け殻だった。蟹も脱皮するのだ。当の本人は更に大きく変身して、サザエにも入りきらんで、石の陰で昼寝をしておったよ。

小憎らしくはあったが、生物界なんてそんな物かもしれない。「善人なおもて往生す。いわんや悪人をや。」とか。可愛いヤドカリ軍団が全滅した後、ほどなくして赤鬼のように肥え太った蟹さんもひっそりと往生しておったよ。ナムナム