8月17日(水)蒙霧升降(深い霧が立ち込める頃)。野球事始め。

 概ね曇り、時々晴れ間、通り雨。32.3℃~23.4℃、64%。5100歩。真夏日なり。

 今日のCOVID状況:都の新規感染者数は29416人で前週より14%の減少、重症者は150人、死亡25人でした。高止まりで医療機関ひっ迫する。カウントミスも頻発でお手上げ状態ですぅ。

 

 

 野球とは:

 メジャーリーグではオータニサンが2刀流で大活躍していますが、野球が日本に伝わったのが明治5年(1972年)だといいます。今年が丁度150年目に当たるわけです。幕末から明治に移行したばかりの時期で、あらゆる面で文化の交代が起きていましただ。

 当時は欧米からたくさんのお雇い教師が日本を訪れ、日本の教育改革に活躍しました。中でも米国からのお雇いが多くクラーク先生を始め、日本全国で活躍しました。彼ら自身が非常にアンビシャスだったのですね。丁度米国では南北戦争終結したばかりで、国としても躍進の時期を迎えていたのでした。

 で、最初に野球を紹介したのが東大の前身となる出来たばかりの「第一大学区第一番中学校(今の神田神保町学士会館辺りにあった)」のホラス・ウィルソン教師だったと伝えられています。彼が南北戦争従軍中に覚えたベースボールを日本の学生たちに教えたのです。それが瞬く間に広がり、横浜居留地の米国人との試合もたびたび開催されて広がっていったとか。

 その後、当時一高の学生だった正岡子規がベースボールに嵌まり自分の名前の昇(のぼる)にちなんでノボール(野球)と名付けたという噂もあったが、実はその前に一高のベースボール部にいた中馬庚(ちゅうまかのえ)という人物が「ボールインザフィールド」を野球と訳したのが最初であったといわれる。でも、正岡昇くんがイロエロな野球用語を日本語に訳して、野球を解説したのは確かなんであーる。

 ともあれ日本に最初に入ってきて盛んになったスポーツが野球であったのは、それが日本人の心性にマッチしたからなんでしょうね。チームスポーツであり、かつ投手対打者という1対1の対決でもあると。ハレハレ