9月26日(土)オンライン化の中で、場や身体性の大切さ。

 終日煙雨もわもわ。18℃~20℃、95%。気温は低め安定。極めて素敵に肌寒いぜよ。6700歩。

 

 新しいもんは余暇や余裕から生まれる:

 貧すれば鈍す、という諺があります。これは創造性の機微をよく突いております。貧すると余裕を失い、選択と集中とか、査定とかしょぼい事ばっかしやるようになり、それが管理工数ばかしを増大させてアウトプットを減少させます。

 余裕があると、良きに計らえってなもんで自由に伸び伸びとやらせますから、自然にアウトプットも増えてくるんすね。それに計画したイノヴェーションなんて語義矛盾で、ほんとに新しいものはイロエロな試行の中から偶然生まれてくるんですぅ。今のネット社会なんて30年前には誰も想像だにしなかったんですね。

 企業体は利益を出さなくてはならんから、選択と集中がある程度効果があります。ビジネスモデルもパクリが多いから、改良レベルでコストカットできればそれなりに生きて行けるからです。すかす大学や研究体はそーは行きません。興味の湧くおもすろいことを自由にやらせておかないと、真に新しいことは出てきません。その辺を読み違えてるから文科省がいくら管理に走っても、科学技術力は凋落の一途をたどるんです。ザンネン

 大学もコロナ禍以来オンライン授業が流行ってますが、高等教育が放送大学で事足りるのか?と言いたいですね。本を読んだり講義を聞けば知識は習得できます。すかす、こりはインプットだけです。ものごとは試してみてアウトプットもしないと身に付きません。知識に基づいた実地練習(インターンなども)しないと、机上の空論、畳の上の水練になって、使い物になりません。ホントは大学でもこのような身体性(運動や語学や演奏など)を伴った練習が伴わないとダメダメなんすね。

 場のふいんきっつうのも必要で、門前の小僧習わぬ経を読む、ってのは確かにありますね。師弟間や交友の中で身体性を伴って身に着くことにもっと注意を向けてもいい時期だと考えます。これは意外と他の分野でもその内問題になるでしょう。ども。