2月23日(日)天皇誕生日。倫理の基準に究極の理由はなーい。

 白っぽい晴れ。5℃~16℃、20%。北寄りの風強く、舞い上がった花粉公害で花粉光環が現る!

 ああ、徳(なる)ちゃんも還暦なんだ。来りては去り行く年月もまた旅人なり(芭蕉)。

 

 ことわざ:木は森に隠せ、ウソはウソで隠せ!汚職汚職で隠せ。嗚呼無情!

 

 神に見放された者は自らの手で運を掴め:

 ヘーゲル以後に半殺しになった神はニーチェマルクスなど寄ってたかって頃されちまいました。それで何が起こるかっちゅうと、今まで神に頼っていた道徳の基準が消えてしもたんだすぅ。残念ながら。人間自体もそれまでは神が自らに似せてお創りになられたという似姿幻想が消えちまったですから、存在の根拠自体が宙に浮いてしまいました。神が十戒などで禁じていた悪事も野に放たれてしもたと。原理的になんでもありになってしまいましただ。

 神から自由になったのはエエですが、根拠なき世界に如何にして倫理を齎すのか?イロエロな理屈が考え出されましたが、悲しいかなその倫理は、全て人間中心なんですね。それで生態系を破壊したり、環境を汚染したり、資源を食いつぶしたり、生物大絶滅を引き起こしたりと、もうやりたい放題!・・・それで知恵ある人はフッと気が付いて、このままではおれら人間もホロンでしまうだろうと、強く反省したのでした。それがディープ・エコロジーとか環境保全活動が立ち上がったゆえんです。・・・しかし現状を見ると、それら知恵ある人類はまだまだ少数で、とても自らの手で運を掴むには至りません。ショボーン・・・グレタ教が世界を席巻する新しい宗教になりえるかどーか?現代指導者からの強烈な宗教弾圧を乗り切れるかどーかは、予断を許しません。う~~~ん。。。