5月18日(土)ブッダの哲学を語りあう。

概ね曇り、ときどき晴れ間、一時ぱらぱら。16℃~26℃、48%。不安定な天候。

 

四谷方面に進出す:

鉄友いや哲友とインド哲学の話しをした。ブッダ(シッダルタ)出現したのはBC5世紀くらいだが、その前の数百年でウパニシャッド哲学が爛熟していてブッダの考えに近いもの(輪廻、業、解脱、瞑想、苦行など)が既にあったという。欲望や苦(思い通りにならないこと)からの脱出と追跡のサンバは究極的には苦行を通した死によって達成されるとした。

 すかすブッダは無念夢想型の瞑想から徹底思考型の瞑想にシフトし、欲望を引き起こす根源に迫った、根本的生存欲(無明?)であり、これをコントロールしないと欲のもぐら叩きになり、欲望は制御不能に陥ると看破した。まずはこの根本的生存欲をメタ認知し、常に変化する心と身体を自己だと思う錯覚から脱却しなくてはならないと言ふ。この錯覚が我執を生み、我執が欲望を生じ、これが苦しみにつながると。そして死による解脱よりも、今ここをよりよく生きる現生解脱に向かうのでしたあああ!

 「なんかニーチェに似てるね?」と言ったら、「いや、ニーチェの方がウパニシャッドブッダの哲学をよく勉強してるんだ。」と彼は言った。ショーペンハウアーの「盲目的な生存意志」にも似てるから、原典はすべてブッダなのかも知れんですぅ。(入力が遅すぎて書き切れない。この項続くかも)