10月28日(土)霎時施(しぐれときどきほどこす)、時雨が時々降り始める頃。

 曇りときおりぽつぽつ、夕方から雨。14℃〜16℃、81%。プールだん。マルシェで林檎と梨と草餅を買ってきた。甘い!
 そうそう昨日から東京たわーに「1000」の字が表示されるようになった。オリンピックまでのカウントダウンかな?と思たですが、今日も「1000」のままだった。ども。




 ども:

 スケールと多様性の話を聞いた。でっかい方とちっこい方は決定論的で多様性が少ないが、中間のところは多様性が大きいと言う例をイロエロと挙げている。例えば宇宙規模だと星の運行は精密に計算して予測できる。一方、素粒子の振る舞いも量子論などで計算できる。が、中間帯の自然界、人間世界の出来事は計算もでけない複雑さで偶然が支配し多様ですぅ。

 生物界においてもこの原理が当てはまるようですぅ。でっかい方は重力の関係で、そんなに多様な形態が取れまへん。哺乳類なんかは4000種くらいで大体想定内の形態に収まりますが、もっとサイズの小さい昆虫はものすごく多様な形態をとることがでけますのや。その種類は3000万種と見積もられます。逆にちっこい微生物や細菌は形態も似通っていてバクテリアの種類は7000種ほどですぅ。 

 不思議ですねィ。中間帯はなぜ複雑で多様なんだろう?単に我々人間に近い所にあるから、認識、区別しやすいからだろうか?認識は脳が作ったものだと観じれば、そーなのかもしれない。我々の思いもよらない、まったく異なる価値観や観点から見れば、極大世界も極小世界も、もっと多様なのかもしれません。ただ我々が認識できないだけで。

 なにびともその殻から逃れいづること叶わず!カナ?

 空間的形態の話しばかりでなく、時間的にもこのスケーリングが成り立ちそうです。5分とか1時間、1日先のことはだいたい予想できます。50年とか100年とかのかなり長い先も大体決まってますね。死んでるか老いぼれてるかだけですから。すかす、若者の20年先、30年先なんて無数の選択肢があるでしょう(幼稚園、小学校からレールに乗っかった人は別にして)。これも、人間の選択肢が及ぶ範囲の振る舞いとして定式化でけるかも。

 ともあれ、全ては神の御心のままに決まっているという世界観よりか、全ては偶然で我々は自由に選択可能なのだっちゅう世界観の方が楽しいよね?(これも幻想かもしれませんが。)・・・おっと、日本シリーズが始まりそうだ♪では、めんご。